第二節・第三話

 休憩を開始した時間には丁度日も高くなっており、昼食をとることにする。

 献立はこれまたレトルトのカレーライスだった。

 パック詰めの白米とレトルトのカレールーを湯煎し、皿に盛りつければカレーライスの完成だ。手っ取り早く食べ応えのある食事を用意する時にはうってつけだった。 出奔しゅっぽんした身でありながら、現代文明の申し子たるレトルト食品には頭が上がらない。

 毎度の如く沸かした湯は再利用し、カレーライスの隣にコーンスープが並べられる。カレールーは中辛のため、辛さの調整にも最適だ。

 声と手を合わせて、「いただきます」をする。


 電灯が使えないため、日に照らされ眩しいばかりの外と違い保健室内は薄暗い。

 網戸から外気が流れてくる。

 風に揺れるカーテンを見ていると、風鈴でも飾ってみたくなる。

 いや、さすがに時期尚早か。だが、その場には風鈴の音がよく似合ったはずだ。

 突拍子もなく、まるで冗談のような廃校生活に、早くも愛着を抱き始めていた。

 二人だけの廃校は静かで、穏やかで、なにより安らぎを感じられた。

 これほど心が落ち着いていた瞬間は、後にも先にもないように思える。

 だが、いずれはこの生活も終わりを迎えるのだ。


 食事を終え、食器を洗い片付けた後は、今度は手分けして廃校を回ることになった。

 個人の裁量で、なにか「素敵なものを見つけよう」という趣旨しゅしらしい。 この廃校になにがあるとも思えず、ろくに期待もしていなかったのだが、依然暇を持て余す身の上であったため、素直にくぐいの提案に乗った。

 鵠は上階から見て回るつもりらしいから、自分は一階から手を付ける。

 とはいっても特に当てはなく、適当に漁っていくだけだ。

 大まかな探索は既に済ませていたし、廃校内の遺物も限りがある。

 黒ずんだ雑巾やぼろぼろになった上履きなどが『素敵なもの』であるはずもなく、なけなしの意欲は部屋を巡るごとに萎えていった。

 まだ一階しか回れていないが、もはや校内での探索に見切りをつけた俺は、いっそ校外に出向く。いまだほぼ手付かずの校舎周辺の方が、まだ意義を見出せた。


 茉代ましろ中学校敷地内には、校舎と校庭、裏の駐車場の他に、小規模の倉庫らしきものが存在した。

 初手は倉庫(推定)に決め、実際におもむくが扉には鍵がかかっており、無理やりこじ開けでもしないと入れそうになかった。

 背面に小窓が付いていたが人が通るにはあまりに狭く、そこの探索は諦めざるを得なかった。

 早速指標を失った俺は、なにも考えずに校舎の周囲を回る。

 途中で、初日に鵠が割り、その後ダンボールで穴を塞いだ例の窓を横切る。軽く苦笑する。

 それからしばらく歩いて回ったのだが、結論から言ってそれらしいものは見つけられなかった。

 校舎を飲み込まんとばかりに無造作に木々は生え盛っており、いずれは茉代ましろ中学校も自然の中へ埋もれ、還元されていく未来を想像させた。

 手に収めるべきものもないまま、校内へ戻る。


 軽く土を落としてから玄関をくぐる。鵠が戻って来るまで大人しく待っていようと、保健室の扉を開く。

 室内は相変わらず薄暗い。

 いや、カーテンが閉められていたため、隙間からのぞく光こそあるものの、室内の明度は大分抑えられていた。

 その中心で人影がソファに座って、テーブルに乗せられたなにかをいじっている。どうやら、鵠も探索を終えていたらしい。

 鵠の影が「おかえり」と話しかけてくる。「ああ」と応える。

「そっちも、終わったのか」

 こっちは収穫なし。

 そう言うと、鵠が「一つだけ、見つけたよ」と笑みを浮かべる。

「今、調整中……」

 明かりもない中でなにをしているのかと見てみると、どうやら鵠は電気ランタンに半球状の物を被せようとしているらしい。

 微妙にランタンが収まらず、角度を変えてあれこれしている。

 それは、と訊けば「もうすぐ分かるよ」と返ってきた。

 やがて満足いく出来になったのか、鵠がその物体からいったん手を離し、「前葉君も見よ」と言ってソファに座るよう促した。二人並んでソファに腰かける。

 鵠が手を伸ばし、電気ランタンのスイッチを入れる。

 すると、保健室内に淡く不確かな星空が生まれた。鵠が見つけたのはプラネタリウムだった。

「ああ、やっぱり」

 綺麗に映らないね。

 そう言って鵠は首をかしげる。

 彼女の手に入れたプラネタリウムは手作りの物で、過去の生徒が製作し、残していった物だろう。

 鵠曰く構造はピンホール式と呼ばれるシンプルなもので、穴を開けた仮想の天球の中から光源で照らし、穴から抜けた作りものの星々を見て楽しむのだという。

 本来なら光源には豆電球などを利用するところを、無理を通して電気ランタンで代用しているため、星の光量にはムラがあるし、電気ランタンに押し上げられて天球が少し浮いているせいで、下から光が漏れ出てしまっている。

「ん、これ、星の位置がデタラメかも」

 名も知らぬ生徒が作った作品の方にも、元々欠陥があったようだ。

 薄暗く、寂れ果てていく廃校で手にできるものは、やはりたかが知れていた。

 しかし、鵠が「雰囲気は出るから」と手動で天球を回すと、部屋に映された星々も対応して動き、彼女の発言通り雰囲気は感じられた。


 二人を中心に、出来損ないの星空が巡る。

 穴の大きさもまちまちで、明度も安定しない、星の方位も適当な嘘っぱちの星空。

 だがその星たちの光はどこか、有難いものに思えた。

 途中で天球を回す役を交代し、天球がぶれないよう、傾かないよう細心の注意を払って作業に集中していると、すぐ傍の鵠が「今夜、星は見えるかな」と呟いた。

「晴れてるし、大丈夫じゃないか」

 視線は天球に注いだまま、俺は答えた。

「じゃあ、一緒に見ようね」

 鵠はそう言ったきり、しばらく沈黙した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る