第35話 引退

 引退、官職や地位等から退いたり、スポーツ選手などが選手としての身分を離れたりする事である。


 「と、いう訳ですよ」


 鈴木と梶原は数杯のお酒を飲み干していた。

おでん屋のオヤジさん。二人の話には興味はないと言った感じでスポーツ新聞を読んでいる。


「道臣取締役も苦労されたんだな」

「そうなんですよ。あの人は耄さんとの約束を守るためにプライドを捨ててここまできた。凄い人なんですよ」


 梶原がいかに道臣取締役のことを尊敬しているかが分かる発言だと鈴木は思った。

鈴木にとっての耄がそうだったように、梶原にとって道臣は恩師と呼ばれる人なのだろう。


「鈴木さん。契約は成立しました。後は新型機を作るだけですよ」

「そうですね。我々はあくまで調整役。最後まで気を抜かずにいきましょう」



 鈴木と梶原はその後も度々飲みを重ね。二人が契約して二か月が経った。


「大分寒くなってきましたね」

「うむ。どうなっておるかの状況は?」

「順調とは言い難いですが、なんとか軌道には乗りそうです」

「うむ。君は本当に営業向きじゃったかもしれんな」


 耄は前川の判断が正しかったと認識した。

鈴木 太郎という男は、営業マンとして最高の仕事をやり遂げようとしていた。


「あと少しじゃな」


 耄は二つの意味を込めて、この言葉を口にした。

しかし、鈴木には一つの意味しか伝わっていなかった。


「はい。もう少しで新型ロボットが完成します」


 鈴木と耄の目の前には、新型ロボットが立っていた。

大きさは今までの物と変わらない身長57メートル 体重550トンを誇り。

 しかし、新規で搭載されることになっているエンジンの性能が今までと違う。

新型エンジンは、水素と空気で熱を発生させロボットを動すため、空気ブーストが付けられる。

 エンジン部を守るために重装甲にしていた部分もエンジンが付け替えられるため装甲を軽くできるようになった。

さらに空気ブーストのお蔭で、今までの三倍速で動けるようになり、装甲を薄くしたことで下がってしまった防御力も重要な部位だけを重装甲にすることで防御力の心配を取り除いた。

 新型機は機器の性能も上がり、操作を簡単に細かな動きも再現できるようになった。

戦闘において戦隊ヒーローが戦いやすい設計を心がけたのだ。


「ここまで長かったです」

「鈴木君は成し遂げたのだ。誇るがいい」

「いえ。皆さんのおかげです。何より僕は運が良かった」

「そうじゃな。それが一番かもしれん」


 耄の言葉に鈴木は笑いが込み上げてくる。

新型ロボットを作れるようになったきっかけが、酔っ払いとの出会いとは笑える話だろう。


「鈴木さん!そろそろ打ち合わせに入りましょう」


 中小企業の地下に新たなロボットが置かれ、AKAGIのエンジニアたちが走り回っている。

もちろん人材を紹介するのが営業部の役目だ。梶原も鈴木と共に中小企業とAKAGIの橋渡しに走り回っていた。

 新型ロボット完成は年内には終えたいと思っている。

そのために最後まで気を抜くことはできないのだ。


「わかりました。すぐに行きます。耄課長、失礼します」

「うむ。頑張ってきなさい」


 今回の契約は鈴木の手柄であり、耄は何も関与しないと決めた。

そのため打ち合わせなどにも参加していないのだ。


「耄さん。いよいよ我々の夢が叶うのですね」


 鈴木が梶原に呼ばれて去って行ったあと。耄の下に道臣が来ていた。


「そうじゃな。中小企業とAKAGI共同エンジンがいよいよ始動するんじゃ」

「若い世代になってからになってしまったが、やっと約束が果たせた」


 道臣と耄が話す機会は多くあった。

しかし、新型ロボットを目の前にして、初老の男達は感激していたのだ。


「上野……いや道臣取締役」

「耄さん。私達の前に肩書など意味がありません。名前もまた然りです」

「そうか……では上野よ。我々は役目を終えることができたのだな」

「そうですね。私達の仕事は終わった。後は若い奴らに任せるだけです」

「そうか……これで心置きなく。引退することができるな」

「そうでしたね。あなたは今年いっぱいで……」


 道臣の方が数年耄よりも若い。引退は少し先の話だ。

耄は5年前の事件で営業として自身を失い。そのときにも引退を考えていた。

しかし、そのときは失意の引退だった。だが、今回は鈴木のお蔭で満足がいく最後を遂げられそうで、耄としても最高の引退ができると思えた。


「ならば今月中には完成させなければなりませんね」

「そう願いたいが、こればかりは仕方がなかろう。ワシが居なくなっても鈴木がおる。奴が俺ば二社の関係は安泰じゃ」

「私も彼を買っていますからね。後押しはさせて頂きますよ」

「ならば社長と話しとった件について、丁度いいかもしれんな」

「私の方でも赤城社長と話していることがあるんですよ」


 二人の老人は悪だくみをしている少年のような目で、二人の部下を見つめた。

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