第34話 裏工作

 裏工作、人目に立たないよう、陰で話を持ちかけること。


 自分を見捨てた会社でもう一度働く。赤城の言葉に上野は何を言っているのだろう戸惑った。

働くはずがないではないか。恨みこそあっても感謝などないのだ。

 そんな会社に居たいとは思わない。


「君が我が社のことをよく思っていないのは重々承知している。だが、君は親友と約束したんじゃないのか?」


 赤城が持ち出した話は、上野の事情を知った上での話だった。

上野と耄の契約。それを会社側が一方的に破棄させた経由を赤城は知っているのだ。


「それならば、もう一度君の力で中小企業との橋渡しをしてみないか?」


 赤城の提案に上野は葛藤を覚えた。

確かに耄と交わした約束を守れるならば、もう一度会社に戻ってもいい。

 しかし、会社の命令とは言え、裏切ったのは自分の方なのだ。

そんな相手を耄は果たして許してくれるだろうか。


「私は許されないことをした。もう戻れるはずがないではないですか」


 葛藤をそのまま上野は口にした。

それは上野が戻ってもいいと思う現れであり、耄への未練でもあった。


「だからこそだ。結婚して姓を変えて我が社の取締役にならないか」

「私が取締役?」


 赤城の提案に上野は驚きを禁じ得なかった。

赤城自動車とは親族経営であり、取締役のほとんどが赤城の血縁者なのだ。

そこに血縁者ではない自分を入れるという赤城の考えが読めなかった。


「そうだ。君が取締役になり、上となって下の者を契約に向かわせればいい。最後まで君は表に出ないでも構わない。そうすれば遠巻きではあるが君は親友との約束を果たせるのではないか?」


 赤城の提案に上野の心は大きく揺らいだ。

今まで上の無茶な命令ばかりを聞いてきた。それを変える力を得ることができる。

 上野にとって赤城の提案はあまりにも破格の内容に思えた。


「あなたが先ほど言われていた親族の方々は私が取締役になっても大丈夫なのでしょうか?」

「正直、快くは思わんだろうな。しかし、研究施設の事件のお蔭で親族の有力者はいなくなった。今ならば不足している役員を補充する名目で君を取り上げることができるんだ」


 赤城もまた味方を求めているのだ。

優秀であり、自身の駒として動く人材を欲している。

上野の中で赤城の狙いと自身の想いが重なったような気がした。


「わかりました。その申し出受けさせていただきます」

「そうか。ならば結婚相手だがいい人はいるか?いないならば私が紹介することもできるが?」

「大丈夫です。一人だけ心当たりがあります」


 上野は自身がここまで回復するために助力してくれた女性を思い浮かべた。


 そこからの上野は赤城の支援もあり、結婚を終えて姓を上野から道臣と改め会社へと復帰した。

道臣は営業部を管轄する取締役に収まり、赤城社長と共に赤城自動車の改革に尽力していった。

 5年という月日は、あっという間に過ぎ去り、AKAGIのブランド商品を作り出すまでに至った。


「これは我が社の目玉になるだろう」


 道臣の横で赤城社長は誇らしげに胸を張った。

それと同時に耄にも一つの思惑ができた。耄にこの商品を提供できないかということだった。


「赤城社長。もしこの技術を中小企業がほしいと言ってきたらどうしますか?」


 自動車を空気と水蒸気で走らせる技術は世界で初めての技術なのだ。

その技術だけでも数年は大企業としてのメンツを保てるほどの価値があった。

だからこそ、道臣は赤城に聞いておかなければならなかった。


「君が望むのならば好きにすればいい」


 赤城の答えは意外なものだった。

会社の社長であれば、自社の製品を他社が盗めば目の仇にする。

しかし、赤城は道臣に全てを任せると言ってくれたのだ。


「ありがとうございます」


 道臣は今まで赤城のことを信用しきれないでいた。

しかし、このとき初めて赤城について行こうと決心がついた。


「このご恩、私が存命の間、返し続けます」

「ははは。道臣取締役。君は私の右腕なんだ。頼むぞ」


 二人は握手を交わし合い。初めて打ち付けた。

そこからの道臣は自身の手下を探し、赤城のシコリを取り去るため走り回った。

道臣が見つけのが、営業部で孤立している梶原だった。仕事はできるし、人当たりもいい。

 その人当たりの良さが仕事を押し付けられ、美味しいところは上司にもっていかれる損な役回りをしている奴だった。


「梶原君、ちょっといいかい」


 道臣は梶原を個人で呼び出し、酒を飲みかわし人となりを見た。

梶原は道臣が考えていたよりも柔軟性があり、仕事を嫌ってはいなかった。

確かに損な役割を押し付けられ残業も多く。なかなか自身の時間を取れてはいないが、それを楽しんでいる奴だった。


「君は変わっているな」

「変わってなんていませんよ。仕事は楽しいじゃないですか」


 梶原の言葉を聞いて、こいつならば任せてもいいと思った。

道臣は早速梶原に、中小企業との接触を図るようにいい。

 梶原は数日経たぬうちに、鈴木という中小企業の営業とコネを作ってきた。

鈴木は耄の弟子だと聞いて、道臣のやる気に火がついた。道臣は赤城と綿密に話し合い。

 裏工作を済ませて、梶原に鈴木との橋渡しを行なわせた。

そのときに5分5分の契約を結ぶための契約書も持参させた。


「こんなもの意味あるんですか?」


 梶原の問いはもっともなものだと思った。

だからこそ道臣は耄との昔話を梶原にすることにした。

 梶原は道臣の話を聞いて……


「道臣取締役の気持ちは分かりました。必ず契約取ってきます」


 梶原は、そういって約束してくれた。

梶原は有言実行して見せた。鈴木と自分、さらにそこには驚きの名前が書かれていた。


「黄島だと!!!」


 道臣が驚いた名前に赤城も同じように驚き。さらに、鈴木という人物について興味を持った。

二人は鈴木という人物を調べ、そして更なる根回しも怠らなかった。

 そして、鈴木を知るための第一段階として、契約書の作成と契約の話し合いの場所を設けることにした。

梶原に手配させ、赤井と赤城ジュニアに同席させるように言ったのは道臣だった。

 鈴木の人となりを見るため、また耄に自身の姿を見せるのが躊躇われたのだ。


「本当によろしいのですか?赤井部長は、赤城の親族です。さらに赤井部長は反中小企業ですよ」


 梶原の心配を知っていながら、道臣は梶原を説得し、会談の場を設けた。

案の定、赤井は契約書の不備を話題に鈴木の話を突っぱねた。

 道臣が無茶な契約を鈴木にさせるように梶原に言っておいたのだ。

用心深い赤井の事だ。利益を上げるから技術をよこせと言っても承認するはずがない。

 耄や吉川を連れて来ていた手前、鈴木は落ち込んでいたが冷静に話を終えていた。

道臣は終始、耄に目が行っていたが。鈴木もまた梶原と同じで素直な男だと思った。


「本当にこれでよかったんですか?」

「もし、もう一度来ないのであれば契約する意思がないのだろう。しかし、来て条件をクリアするのであれば……」


 道臣は鈴木という人物を試した。

そして迎えた二度目の会談で、鈴木は満点の回答を出した。


「まず契約内容の確認をお願いします。今回の契約内容には商品の権利を55%AKAGIに45%を自社にとしてきました。前回の自社に利益が生まれないというのは赤井部長には信用がならないものだったのではないかと考え、修正させていただきました」


 道臣は鈴木の言葉を全部聞いていた。


「さらに今回は利益を譲歩できない代わりとして、自社の技術提供を提案したいと思います」

「技術提供?」


 しかも道臣が考えていたことよりもさらに上を行く回答を鈴木は提示してきた。

技術提供と言っているが、結局契約を結んでしまえば意味は同じなのだ。

 的場と我が社の技術者で交流を持たせることが、鈴木の狙いだと判断して面白いと思った。

会談は赤井が一方的に終わらせようとしたので、道臣は自身の身体を止めることができなかった。


「取締役!どうしてあなたが!」


 赤井の驚く顔を見て、さらに耄が声を出す。


「上野!!!」


 道臣は自身の気持ちを我慢できなかった。 

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