第31話 契約

 契約、二人以上の当事者の意思 表示が合致することによって成立する法律行為のこと。 (別の言い方をすると)合意の うち、法的な拘束力を持つことを期待して行われる...


 鈴木達は再度AKAGIビルを訪れていた。

契約書の内容を書き換え、前回の契約会議を踏まえて鈴木なりに対策を考えてきた。


「いやぁ~こりずによくきましたなぁ」


 前回と同じように赤井部長を先頭に入ってきた。

前回と違う点は、課長である赤城が不在だった。


「あの~赤城課長はいらっしゃらないんでしょうか?」

「すみませんねぇ。赤城はどうしても離れられない用がありまして。今日は不在でお願いします」


 確かに赤城がいようと契約に支障はないが、契約中にいなくなるというのは不誠実な気がした。


「また後一人で増えます。プラマイゼロでできますから、先に初めてしまいましょか」


 鈴木の思いなど関係なく。赤井は話を進める。

鈴木は気持ちを切り替えるために、前回の欠点を思い出す。

 あまりにも向こうに優位な条件を持ってきたこと。

プレゼン内容が自社の欲求を相手に伝えることしかしていなかった。


「わかりました。では新しく書いてきた契約書をご覧ください」


 鈴木は話を進めていく。

梶原が申し訳なさそうに会釈していたが、鈴木は軽く会釈を返すだけで梶原を見ないようにした。


「まず契約内容の確認をお願いします。今回の契約内容には商品の権利を55%AKAGIに45%を自社にとしてきました。前回の自社に利益が生まれないというのは赤井部長には信用がならないものだったのではないかと考え、修正させていただきました」


 赤井は前回のように茶々を入れるのではなく。

書類のページをめくり、契約内容を確認しているようだった。


「さらに今回は利益を譲歩できない代わりとして、自社の技術提供を提案したいと思います」

「技術提供?」


 鈴木の発言に赤井が質問を返してきた。


「はい。限界はお金を払うので技術を頂きたいという勝手な物言いをしてしました。確かにそれでは得た技術でいくらでも応用して利益を別に生み出すことができる。赤井部長はそれを危惧されたのではないでしょうか?」


 今回は自社の求めを伝えるのではなく。

赤井と言う人物を冷静に分析し、さらに相手が望むことを考えてきた。


「うむ。少しは勉強してきたようやな」


 赤井は腕を組み。大きく息を吐いた。

梶原はテーブルの下でガッツポーズをしていた。

 鈴木の思惑が、梶原が危惧していた部長の思惑を全て破壊していた。


「いかがでしょうか。契約を結んでいただけますか?」


 鈴木は確かな手ごたえを得ていた。

赤井の表情も鈴木の提案に対して苦渋の顔をしている。


「無理やな」


 そんな鈴木に赤井が出した答えは拒絶だった。


「どうしてですか?」

「そうやな。契約自体は悪くない。新たな提案も面白い」

「ならどうして!」

「しかし中小企業さんに、うちに匹敵する技術があるとは思えませんね」


 鈴木の提案に穴があるとすれば、AKAGIが欲しがる技術を提供できるかどうかだ。

5年前のロボット導入、研究の失敗。それらを赤井は知っているはずなのだ。

 AKAGIの技術は中小企業に勤める的場に匹敵する。


「うちには的場 元がいます。AKAGIさんに負けない技術を提供できると思います。そのための実績も我が社は兼ね備えています」


 これまでの戦いを経て、中小企業は様々な経験を積んできた。

経験は力になる。実践を知らないAKAGIよりも、その点で中小企業は勝てると鈴木は信じている。


「……わかっとるよ。でもなぁ~技術だけやない。うちにも秘匿義務がある。うちの技術は世界のなかで未だに誰もたどり着いていない技術や。それを御宅に渡すメリットがそれにみなってないんや」


 赤井の言葉は、鈴木に反論を与える余地がなかった。


「それは……」

「それにな。鈴木さん。いくら利益を生むのがわかっていても、うちはあんたんとこと契約は結ばん理由があるんや」

「理由とは……」

「言うまでもないやろ」


 鈴木の問いに対して、赤井はまるで逃げるように立ち上がった。


「契約はなしや。いくらいい話でも契約はできん」


 部屋から赤井が出て行こうと扉に向かうと、赤井が扉を開ける前に扉が開いた。


「うわっ!」


 赤井が急に開いた扉に驚いて尻餅を突く。


「おや?赤井君どうしたのですか?」


 部屋に入ってきた初老の人物に赤井は目を見開く。


「取締役!」


 扉の向こうから現れた人物を見て、赤井は声を張り上げた。

それと同時に扉から現れた人物を見て、耄も席から立ち上がる。


「上野!」


 耄が呼んだ名前は鈴木にも聞き覚えがあった。


「お久しぶりです。耄さん、約束を守りに来ました」


 新たに現れた人物が、鈴木には何を意味するのかわからなかった。

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