第30話 弱点

 弱点、十分でない点。欠点。「この機械には―がある」2 後ろ暗いところ。弱み。「政敵の―を握る」→欠点[用法]


 鈴木は呆然とテレビ画面を見つめていた。

契約会議の場で、こっぴどく赤井に突っぱねられた鈴木は、どうしていいかわからずに帰ってきた。

時間はすでに定時を回ろうとしていた。


「うむ。我らがヒーローの活躍を見ておるのか?」


 休憩所のテレビを見ながら、缶コーヒーを飲んでいた鈴木に耄が声をかける。


「はい。彼らはいつも光輝く舞台の上で全力で輝いていると思いまして」

「君も今日は輝いていたではないのか?」

「僕はダメです。平凡でありきたり、光を浴びるような人間ではありませんよ」

「そんなことは無かろう?この会社にとって大きな一歩を踏み出したではないか」

「大きな一歩?」


 テレビの中ではカメレオンのようなギョロリとした目の大きな怪人が、戦隊ヒーローたちと対峙している。

 ギョロリとした目が赤井部長を思いださせて鈴木には恐怖の対象のように思えた。


「赤井部長が怖いかね?」

「正直怖いです」

「彼は大手企業の部長に登りつめるまでの剛腕じゃ。怖いと感じるのも仕方なかろう」

「はい。ヒーローたちが戦う怪人に比べれば、赤井部長の方がマシなのかもしれませんが」

「そんなことはなかろう。怪人よりも人の業は深い」


 耄の言葉を聞きながら、カメレオンの怪人が舌を伸ばしてヒーローたちを翻弄する。

間抜けな顔のくせに姿を消したり、姿を変えたりしながら戦隊ヒーローたちを追い詰めていく。


「カメレオンってこんなに強いんですね」

「そうでもないじゃろう。冷静に落ち着いて相手を見れば見極められる」


 耄にはカメレオン怪人の動きが見えているようで、ヒーローたちの動きの方に落胆を込めた言葉を言った。


「冷静に相手のことを?」

「そうじゃ。相手にも弱点がある。弱点を補うために特殊な力を使うのじゃからな」


 鈴木は耄に言われた言葉を考えながら、テレビの中では大詰めに入ろうとしていた。


「ヒーローにも冷静な奴がおるもんじゃ」


 テレビの中ではブルーが、カメレオンが出現した瞬間を予測して攻撃を仕掛ける。

さらにグリーンが舌で攻撃した瞬間に、それに合わせるように舌を殴りつける。


「いつもはこの二人は積極ではないが、どうやら今回は二人に助けられそうじゃな」


 カメレオン怪人は、舌を出しているその口が弱点だったらしい。

不利を悟ったカメレオン怪人が次の行動を開始する。


「逃げた!」

「逃げたの~」


 鈴木と耄が見つめるテレビの中で戦っていたカメレオン怪人が逃げた。

これは決闘のようなものだから、逃げれば追うことはないが、何とも情けない怪人だ。


「こんな結末は初めてじゃな」

「そうですね。こんな怪人もいるんですね」

「うむ。まぁ鈴木君。ワシは君の能力を信じとるよ」

「能力ですか?僕は平凡で能力と呼べるものはありませんよ」

「ふぉふぉふぉ。まぁ自覚がないというのあるかもしれんな。ヒントは冷静であることと、相手も同じ人間じゃということじゃな」


 耄は缶コーヒーをゴミ箱に捨てて、休憩所を後にした。


「冷静に相手を見るか……もう一度考えてみよう」


 鈴木は契約書を見直すことにした。

そして、逃げたカメレオン怪人はどこにいくのだろうと、ふと考えた。


「結局考えても仕方ないことはあるってことか」


 怪人が逃げた場所を考えても鈴木にはどうすることもできない。

今、自分にできることがあるとすれば、少しでもヒーローたちが戦いやすくするためにできることをやるだけだ。


「サラ―リーマンなめんなよ」


 鈴木は意気込みも新たに、テレビに向かって拳を突き出した。

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