第29話 契約書
契約書、契約を締結する際に作成される当該契約の内容を表示する 文書をいう。当該契約の当事者が作成したことを証するために、署名や記名押印(実務 上、両者は「調印」と呼ばれる。
鈴木はAKAGIのビルにやってきていた。
鈴木の他に課長の耄、社長の吉川が同行している。
耄に話を持って行った際に、耄は吉川に話を持っていった。
大手企業を相手にするのに、幹部がいないのでは恰好がつかない。
耄は営業部長にも話を通したが、あいにくその日は他社との交渉があり、相席ができないと断られてしまった。
そこで耄が、時間的に空いていた吉川に同行を願ったのだ。
「こんなにも大きな取引は久しぶりだな」
中小企業の社長を勤める吉川と近くで話しをするのは初めての事だ。
吉川を見るのは残業のときか、新年の挨拶をするときぐらいだろう。
こうして昼間に社長と出かけるなど考えたこともなかった。
「今日はご足労頂きありがとうございます」
恐縮している鈴木が何度も頭を下げる。
「いやいや。会社の一大事業のためだ。私も頑張らせてもらうよ」
吉川がどういう人物なのか、鈴木にはわからない。
しかし、耄の話では吉川も元営業職であり、耄よりも成績がよかったと聞いて驚いた。
「では、本日は一回目の契約交渉の日となります。どうぞよろしくお願いします」
「まかせておいてよ」
吉川と話すのは初めてだが、吉川の陽気な様子に鈴木は戸惑うばかりだった。
鈴木達がAKAGIビルの一室に通されると、しばらくしてAKAGIのメンバーが入ってきた。
「いや~本日は態々すみませんね」
最初に入ってきたのはAKAGI営業部長、赤井アカイ 勇イサムだった。
鈴木も経済紙などで見たことがある大物で、大手企業のやり手営業マンだ。
次いで入ってきた人物を見て、鈴木はさらに驚いた。
それは先日 望とのデート中にあった人物。赤城アカギ 龍牙リュウガだった。
確かに課長は赤城自動車の息子だと梶原から聞いていたが、まさか龍牙だとは鈴木は思っていなかった。
「この交渉が有意義なものになるようにお互い頑張りましょう」
赤井の言葉に吉川が応える。その間に龍牙の後に梶原が部屋に入ってきた。
その顔は苦虫を噛み潰したように、悔しそうな顔をしていた。
鈴木は梶原の顔にどんな意味があるのか、考えたが分からず、三対三で人数が揃ったことで、互いに立ち上がり挨拶をした。
挨拶が終わると赤井の言葉で席につく。
「まぁまぁ自己紹介はこの辺で。今日は契約をしに来ていただいたんだ。挨拶だけではありませんよね」
赤井は野太い声に厳つい顔をしている。
スーツを着ているというのに体は盛り上がり、どこかのスポーツマンだと言われても納得してしまう。
そんな赤井は声が大きく言葉を発すれば、鈴木は委縮してしまう。
「ほ、ほ、ほほんじつは中小企業と契約していただきありがとうござます」
赤井の言葉に対して、中小企業からは鈴木が立ち上がり言葉を返した。
本来であれば一番偉い吉川が話しをするべきなのだろうが、契約書を作ったのは鈴木なのだ。
一番契約書を理解している鈴木が話すことになっていた。
「なんや新人さんか?てっきり吉川社長が直々にお話し頂けると思ってたんですがね」
ギョロリした目が鈴木を捉える。
「すみませんね。今回は初日ですので契約書の説明をさせて頂きます。今回の契約はこちらの鈴木君がまとめてくれたものです。彼が一番理解していますので彼から説明させて頂きます」
「まぁ社長さんが言うなら仕方ないですね」
唖然とした鈴木に変わり、吉川が赤井を牽制してくれる。
耄に脇を突かれ耄を見ると、吉川と共に鈴木に笑いかけてくれていた。
「吉川社長。ご紹介ありがとうございます。改めて自己紹介させていただきます。営業課係長、鈴木 太郎です」
二人に背中を押され、鈴木は覚悟を決めて話し出した。
「契約書を見て頂ければわかると思いますが、我が社は御社のエンジンを高く評価しております。そのため我が社の事業に使わせてほしいと考えております」
赤井が契約書類をめくり、利益度外視で中小企業がエンジンを得たいと考えているのがよく分かる内容だった。それがかえって赤井の顔を険しくした。
「少しよろしいでしょうか?」
今まであまり発言をしてこなかった。赤城が挙手している。
「はい。赤城課長。なんでしょうか?」
「この契約書では中小企業さんには殆ど利益が出ませんが、本当によろしいのでしょうか?コスト面は中小企業さんに、利益面はうちに入るようなものですが」
赤城の質問は耄にされたものと全く同じものだった。
「はい。我々がほしいのは技術です。利益ではありません。もちろん契約していただけるのならば、赤城自動車さんには利益を提供します」
契約内容だけ見れば美味しい話だ。しかし、美味しい話には裏がある。
百戦錬磨の赤井部長には鈴木の作った契約書がキナ臭く見えて仕方なかった。
「本当にこれでいいんですか?前の壺井君は5対5、五分での契約を望んでいた。しかし今回は我が社が7もいただける。美味しすぎやしませんか?」
赤井がギョロリと鈴木を見つめる。
「はい。何度も申し上げますが、我が社は御社のエンジンがほしいのです」
鈴木は熱意の込めた目で、赤井を見つめ返す。
「ふぅ~なかなかに熱い御仁やな。でもなぁ、この契約は結べませんな」
赤井は契約書を鈴木に突き返した。
赤城もそれに頷いて、書類をテーブルの上に戻した。
「なぜですか!御社は利益を得る。我が社は商品を得る。何がいけませんか?」
「鈴木はん。あんたが言っていることは分かる。だがな、あんたにうちの技術を与えることが、そもそもできないな」
「どうしてですか?」
「中小企業さんのことが信用できないからや!」
赤井は怒気を含めた声で、鈴木に反論した。
「確かに現在は信用はありません。ですがこの契約の中で信用を勝ちとりたいと思っています」
「あかんな。ワシが五年前の悲劇を知っとるんや。知っとるから言わせてもらう。いくら金を積まれても中小企業さんとは契約できませんね」
赤井はハッキリと鈴木のことを突っぱねてイスから立ち上がる。
それに対して、耄や吉川は何も言わずに見送った。
赤井に続くように赤城が席を立ち、梶原も立ち上がる。
「鈴木さん、すみません」
梶原は頭を下げて、その言葉を最後にAKAGI社員は部屋を出た。
「やはりこうなったか」
耄の言葉に吉川は目を閉じ、鈴木は唖然としたまま扉を見つめ続けた。
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