第28話 反故

 反故、 ないものとする。役に立たないものにする。


 鈴木は梶原との約束を守るために、書類を作成した。

それを耄の下へと持っていく。


「鈴木君、これは!」


 耄課長は鈴木の持ってきた書類を見て驚きの声を上げる。


「耄課長。お願いがあります。私に赤城自動車との契約を結ぶ許可をください」

「鈴木君。君は私の話したことを信じていないのか?」

「信じています。ですが、今の我が社には赤城の技術が必要です。相手は利益を求めています。それぞれの利害は一致しているはずです」


 鈴木の主張に耄はしばし考える素振りを見せた。

今までは壺井の契約していた会社の引き継ぎや挨拶周りばかりだった。

 3週間たったことで、そろそろ外回りもさせてみようと思っていた矢先に鈴木がもってきた案件は新人が担当するようなものではなかった。

 もちろん、壺井せいで離れて行った会社や業者を連れ戻した功績は高く評価されている。

しかし、営業としては本当に新人なのだ。


「君にはまだ早いと思うが」


 耄は考えを巡らせた上で、鈴木にはまだ早いと判断した。


「もちろんです。自分一人では到底契約できる相手ではないと思っています」


 耄の考えとは別に鈴木はあっさりと自己否定をした。


「しかし、自分にまかせてほしいと言ったではないか」

「もちろん書類の作成は任せてください。それにあちらの営業である梶原さんとの打ち合わせも私がやります。ですが、相手は大手です。僕一人では到底向こうが納得してくれるとは思いません。耄課長にも是非力を貸してほしいのです」


 耄は契約書を読んでいなかったことを思い出した。

契約相手の名前を見ただけで、無理だと判断したのだ。

確かにそれでは不誠実だと言われても仕方ないかもしれない。


「とにかく契約内容を読ませてもらおう」

「お願いします」


 鈴木は自身のデスクに戻り、大手との契約を結ぶ間も他の会社とのやり取りが疎かにならないように書類の見直しや、各会社へのアフターケアを行うことにした。

 仕事を始めた鈴木を確認して、耄は契約書に目を通した。

そこで耄は二度目の驚きを感じた。

 契約内容は完全に赤城自動車が有利なモノであり、中小企業の利益は微々たるものなのだ。

確かに利益は上がっている。しかし、会社として大手と契約を結ぶのであればもっと大きな契約を結びたいと考えるものなのだ。

 これでは営業として正直三流だと耄は思った。


「鈴木君良いだろうか?」


 耄に声をかけられて、鈴木は書類を置いて立ち上がる。


「はい。なんでしょうか?」

「書類を読ませてもらった。しかし、これでは正直契約を結んでいいとは言えんな」

「どうしてでしょうか?」

「これでは我が社の利益が少なすぎる。せめて相手とこちら五分五分でなければ話にならんな」


 耄としても昔と同じ、もしくはそれ以上の利益を生まなければ意味がないと考えていた。


「それはできません」


 しかし、鈴木の回答は耄の言葉を真っ向から否定するものだった。


「なんじゃと!」

「確かに会社としての利益を考えるのであれば、利益重視もいいかもしれません。ですが今回は利益ではなく向こうの技術がほしいのです。それを惜しんでいいとは思いません」


 鈴木は真摯な目で、耄を見返した。


「人と人、会社と会社。どちらにとっても必要なのは信頼関係です。信頼関係を結べていない相手にこちらの我を通しても跳ね返されて終わりです」

「そんなことは分かっておる。それでも自社の利益を求めるのが営業マンじゃ」

「確かに普通の営業マンならばそれでいいかもしれません。ですが我々が取り扱っているのは世界の平和です。利益も平和もどちらも得るためにはこれが限界値だと判断しました」


 鈴木は書類の根拠について話し始める。

書類には自社の収益30%、AKAGIの収益70%と書かれていた。

30%でも、使われる部品や人件費を出しても利益は得られる。


「信頼の回復のためです。ご決断を」


 耄に迫る鈴木だが、AKAGIの70%はボロ儲けと言っていい数字なのだ。

どうして鈴木がそこまで自社の利益を抑えたかというと、そこには鈴木と梶原が結んだ契約があった。


「鈴木さん。お願いがあります。我が社の上層部を説得する材料がほしいんです。契約書には中小企業30%と書いていただけませんか?もちろん、最終的な契約時には50%に引き上げることを約束します。どうかお願いします」

「梶原さん。それを信じる営業マンはいないのではないでしょうか?」


 鈴木も耄の下で営業について学んだのだ。

営業とは騙し合い。利害が一致していればいいが、大手は子会社や中小企業に無理難題を押し付け、利益を奪っていくことがある。

 だからこそ相手が大きな相手であればあるほど、警戒が必要だと教えられた。


「わかっています。だからこそもう一つの書類を用意します」


 そういうと梶原は一つの書類を取り出した。

そこには梶原の他にAKAGI取締役と書かれた名前とハンコが押されていた。


「この書類をお持ちください。これは僕の直属の上司が持たせてくれたものです。ここに鈴木さんの名前を書いてください」


 書類の内容は、甲、赤城自動車営業、梶原 直樹  乙、中小企業、鈴木 太郎は五分五分の契約をここに結ぶ。後の書類がいかなものであろうとこの二人、この二社の契約はこの書類によって五分とする。

 見届け人 AKAGI取締役 


 鈴木にはこの書類が本物なのか判断できなかった。

しかし、ある人物がこの書類を本物だと判断してくれた。


「これは本物だな。俺も見届け人になってやる」


 おでん屋の亭主が書類を見てそう判断した。

おでん屋の主人は、昔会社員だったらしく。こういう書類を見分けるのが得意だと言った。

鈴木は信じていいのか分からなくなったが、二人の人物を信じたいという思いで、契約書にサインした。


「梶原の坊。この契約を反故にしたらゆるさねぇぞ」


 オヤジさんが凄んでくれていたが、梶原も苦笑いでそれに答え。


「絶対に反故にはしません」


 その契約を信じた鈴木は、耄に答えを求めた。


「この契約が成立したとき、うちはタダ働き同然なのはわかっているのじゃな」

「はい。必要なのは商品と技術ですから」

「わかった。この件、君に任せよう」


 耄は溜息を吐くように鈴木に許可を出した。

鈴木はすぐに梶原にそのことを報告し、契約の打ち合わせるする日時を決めた。

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