第27話 突き出し
突き出し、突き出しは本料理の前に出す軽い料理。厳密にいうと、「先付」・「突き出し」はあらかじめ献立の中に組み込まれている料理で、「お通し」は、注文をしなくても出てくる料理です。
暑さが終わりを迎え、朝晩が寒くなってきた。
コートを着るまではいかないが、それでも外を歩けば指先が冷たくなる。
「大分寒くなってきましたね」
「うむ。どうなっておるかの状況は?」
「順調とは言い難いですが、なんとか軌道には乗りそうです」
「うむ。君は本当に営業向きじゃったかもしれんな」
耄は前川の判断が正しかったと認識した。
鈴木 太郎という男は、営業マンとして最高の仕事をやり遂げようとしていた。
「あと少しじゃな」
耄は二つの意味を込めて、この言葉を口にした。
しかし、鈴木には一つの意味しか伝わっていなかった。
「はい。もう少しで新型ロボットが完成します」
鈴木と耄の目の前には、新型ロボットが立っていた。
大きさは今までの物と変わらない身長57メートル 体重550トンを誇り。
しかし、新規で搭載されることになっているエンジンの性能が違う。
新型エンジンは、水素と空気で熱を発生させロボットを動すため、空ブーストが付けられる。
エンジン部を守るために重装甲にしていた部分もエンジンが付け替えられるため装甲を軽くできるようになった。
さらに空ブーストのお蔭で、今までの三倍速で動けるようになり、装甲を薄くしたことで下がってしまった防御力も重要な部位だけを重装甲にすることで防御力の心配を取り除いた。
新型機は機器の性能も上がり操作を簡単に細かな動きも再現できるようになった。
戦闘において戦隊ヒーローが戦いやすい設計を心がけたのだ。
「ここまで長かったです」
「鈴木君は成し遂げたのだ。誇るがいい」
「いえ。皆さんのおかげです。何より僕は運が良かった」
「そうじゃな。それが一番かもしれん」
耄の言葉に鈴木は笑いが込み上げてくる。
新型ロボットを作れるようになったきっかけが、酔っ払いとの出会いとは笑える話だろう。
あの日屋台で出会った酔っ払い。梶原 直樹との出会いが鈴木に光明を見出させた。
話は二ヵ月ほど前に遡る。
「鈴木さんのお電話でよろしかったでしょうか?」
鈴木が昼休憩に入ろうとする時間、スマホに知らない着信が入ってきた。
営業になり、様々な人間と番号を交換したので名前を入れ忘れたと思って慌てて電話を取った。
「はい。鈴木です」
「よかった。この間は大変失礼をしました」
「えっ!」
「ああ。もしかして名前を登録していませんでしたか?では改めて自己紹介させていただきます。赤城自動車営業部 梶原 直樹です」
鈴木は梶原 直樹という名前を自身の頭の中で検索する。
すると屋台で飲んだくれていた男のことを思い出す。
屋台で出会ってからすでに二週間が経過していた。
「ああ。あのときの」
「思い出していただけましたか?あのときの酔っ払いです」
「その節は楽しい時間をありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそお勘定を払っていただきありがとうございます。ずっとお礼がしたいと思っていましたが、こんな遅くなってしまいすみません。よければ今晩もう一度飲みに行きませんか?」
梶原は良き飲み友達をみつけたと、鈴木に電話をしてくれたのだ。
「いいですね~是非いきましょう」
鈴木は二つ返事で答えた。梶原とその日の晩も飲みに行くことにした。
鈴木には知りたいことがあったのだ。耄の話では、確かに中小企業とAKAGIの間で確執が生まれている。
しかし、それは現在も続いているものなのだろうか。
AKAGIも宇宙怪人が攻めてきたときに力を貸していたという。
そのときロボットに関して何らかの関与はしていたはずなのだ。
ならば、今のAKAGIの内部がどうなっているのか、中小企業との関係をどう思っているのか知りたいと思った。
「お待たせしました」
今日は耄課長に頼んで残業から解放してもらった。
鈴木は梶原と待ち合わせをして、一軒の飲み屋を目指して歩き出した。
「全然大丈夫ですよ。では行きましょうか?」
鈴木も営業になり三週間が経過していた。
営業の必要な情報として、耄から様々な店を紹介してもらった。
小料理屋、懐石料理なども連れて行ってもらった。その中で鈴木が気に入った小料理屋があった。
綺麗な女将さんがカウンターで料理を出して、酒を注いでくれる。大人の雰囲気漂う場所だ。
耄課長と来たときは場違いな感じがしたが、望と来たときはアットホームな雰囲気に驚いたものだ。
「へぇ~お洒落な店ですね」
店に入ると梶原が素直な感想を述べる。
梶原という人は素直な人なのだろう。それと同時に酔っていなければ気が利く人だ。
ここに来るまでどこに行くのか、どこに連れて行きましょうか、など無粋なことは聞いてこなかった。
待ち合わせ場所に着いて挨拶を交わしてから、鈴木が歩き出すと黙ってついてきてくれたのだ。
そう考えると鈴木が歩き出さなければ、梶原にも行こうと考えていた場所があったと言うことだ。
それについて鈴木は何も言わなかった。
互いに聞く必要のない会話をしなくていいと言うのは気楽なものだ。
「ええ。上司に教えてもらいまして、料理の味も絶品ですよ」
「それは楽しみだ」
値段もそれほど高いわけではない。お酒を飲んでも3000円あれば来れる店なのだ。
「まずは乾杯といきましょうか」
「そうですね」
二人でビールを頼み。お通しでサバの味噌煮が出される。サバにビールが良く合う。
「美味い!なんだか温かい味がしますね」
「そうでしょ。今日はゆっくり飲みましょう」
梶原は一気にビールを飲み干して、二杯目を頼んだ。
鈴木は自分のペースでビールを飲み干し、焼酎を注文する。
「すみません。お湯割りで」
気候的にはまだまだ暑いが、鈴木は焼酎はお湯割りが好きだった。
「酒が上手い。料理も上手い。さらにこんな美人のママさんがいる店は最高ですね」
「ふふふ」
女将さんが梶原のお世辞に笑ってくれている。
他にも客がいるので、女将さんが付きっ切りで話してくれるわけではないが、梶原は女将さんの反応に嬉しそうにしていた。
梶原は店の雰囲気を気に入ってくれた。上機嫌で二杯目を飲み干してお代わりを注文する。
梶原のペースは速く。鈴木は驚いていたが、鈴木がマイペースに飲んでいても責める素振りはなかった。
「ねぇ、鈴木さん。どうして中小企業とうちって契約していないんでしょうね?」
梶原の突然の質問に鈴木は驚いて、食べていたサバを喉に詰まらせる。
「ゴホゴホ。それは何故でしょうね?」
鈴木はむせながら、梶原の質問へ言葉を濁した。
「そう。何故?でしょ。中小企業さんと契約を結めばうちは利益を得られる。なのにそれをしない。おかしいじゃないですか」
鈴木の思惑とは別に、梶原は何も知らずに鈴木と契約を結びたいと考えていたのだろう。
大手に勤める梶原から、そんなことを言われると思っていなかったので驚いてしまう。
「うちもAKAGIさんと契約を結びたいんですが。担当の者が行った際に、金輪際契約を結ばないと言われたそうんなんですよ」
「壺井さんですね。話は聞いています。でもそれもおかしいんですよ。散々接待だけさせて最後で契約はしないと突っぱねたんです。他者と競合しているならわかります。ですが、今回はそんな話はない。おかしいと思ったんで調べたんです。そしたら、最初から中小企業さんと契約する気はなかった。壺井さんが我が社に乗り込んできたので、営業部長がからかったのだと分かりました。それに関して本当にすみません」
上司の行いを謝る部下というのもおかしなものだが、梶原という人物はいい人なのだろう。
「いえ。こちらにも強引なやり口だったと認識があります」
「そういっていただけると助かります」
この間は上司の愚痴ばかり言っていた男とは思えないほど、冷静な話し口調に鈴木は梶原という人物像を修正しようと決めた。
「そこでお話があります。どうですか、僕を通して契約を考えてみませんか?」
「えっ!それはありがたいですが、AKAGI上層部の方が承認しないのでは?」
「この二週間、ご連絡が遅れたのにはそれなりの理由があるんです。僕以外に中小企業と契約してもいいと言ってくれている上の者がいるんです」
「上層部にそんな人が?」
「はい」
梶原の瞳は真摯なものだった。
梶原という人物を信じてもいいと鈴木個人は考えている。
しかし、耄の話を思い出し、彼だけでは信用できない。
AKAGIという会社自体が危険なのではないだろうかと思えてならなかった。
「わかりました。どうなるかわかりませんが、契約書を作成しましょう」
「ありがとうございます。今日は二社の契約の前祝いだ!女将さん熱燗お願いします」
鈴木の酒は進み。二人はまたも遅くまで飲み続けた。
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