第26話 屋台
屋台(やたい)、屋台店(やたいみせ)は、屋根が付いた移動可能な店舗。飲食物や玩具 などを売る。当初、蕎麦屋は「振り売り」形式の屋台が多く、寿司屋は「立ち売り」形式の 屋台が多かった。
耄の過去を聞いて、AKAGIとの確執を知った鈴木は悩んでいた。
残業の帰り道、赤い提灯がオフィス街に作られた公園の中に見えた。
「久しぶりに寄ってみるか」
鈴木はおでん屋の亭主に悩みを聞いてもらおうと足を向ける。
「すみません。一人行けますか?」
暖簾を開くと、オヤジさんの他にスーツ姿の男性がいた。
男性は酔いつぶれているのか、カウンターにもたれかかってコップを持ったまま目を瞑っている。
「おう。鈴木さん。なんだか久しぶりだね」
「オヤジさん一週間しかたってないですよ」
前回は望を連れてきたのだ。
今日は悩みもあるし、お腹も空いた。
「適当におでんを……それと熱燗をお願いします」
外は長袖ならば寒くはないが、冷で一気に飲み干すよりも熱燗でチビチビ飲みたい気分なのだ。
「あいよ」
オヤジさんは鈴木の好みが分かっているので、最初はハンペンとちくわの練り物を皿に持ってくれる。
熱燗はおでんの横に備えつけられたお湯の中から一本取り出してお猪口と共に渡してくれた。
「それでどうしたんだい?浮かない顔をして」
鈴木は何も話していない。
何より店に入って数分しか経っていないのだ。
「わかりますか?」
「おう。辛気臭い顔してたぞ」
オヤジさんの言葉に鈴木は苦笑いする。
一瞬寝ているお客の方を見れば気持ちよさそうに寝ていた。
「そいつのことは気にしなくていいぜ。冷を半分飲んだところでいつもこうなるんだ。ここに来る前に相当飲んでくるらしくてな」
「そうなんですか?じゃ、寝てますね」
「多分な」
オヤジさんの言葉に何から話そうかと悩んでいると、オヤジさんは何も言わずおでんをかきまぜて待っていてくれた。
「会社で新しい事業に取り込もうと言うことになっているんですが、それがなかなか上手くいってないんです」
「なんでぇ、仕事の話かい?おれはてっきりこの間連れてきた別嬪さんの事で悩んでるのかと思ったがな」
オヤジさんが茶化してくれたことで、鈴木は肩の力が抜けていく思いがした。
「彼女とは上手くいっているの正直わかりません。ここだけの話ですが、初彼女なんです」
鈴木の告白にオヤジさんは意外そうな顔をした。
「お恥ずかしい話この年まで彼女がいたことがないんですよ。自分から話しかける勇気はないですし、友達とかも少なかったので紹介とかもされませんでした。ですから自分は一生一人だと思っているところに熱烈な愛情を頂きまして戸惑いつつも嬉しく思っている今日この頃です」
鈴木の照れ笑いにオヤジはニヤニヤとして笑顔で鈴木の話を聞いていた。
「そうかい、そうかい。まぁ惚気はその辺にして、仕事がどうしたんだい?」
鈴木が照れて頭を掻いていると、オヤジさんが話を本筋に戻してくれる。
鈴木的には肩の力が抜けて、先程まで悩んでいたのが嘘のように重苦しさがなくなっていた。
「あっ、そうでしたね。会社で新しい事業を始めようとしているんですが、なかなか上手くいかないんです」
「上手くいかないねぇ~それは人間関係かい?」
「ズバリです!さすがですね」
「そりゃ、鈴木さんよりも長いこと人を見て来ているからな」
オヤジさんは鈴木のよいしょに笑っている。
鈴木は素直に感心した顔で、オヤジの顔を尊敬した目で見ていた。
「へへへ。鈴木さん人間関係で一番大事なことってなんだと思う?」
「人間関係で一番大事なことですか?」
「そうだ。それはな……」
「それは???」
オヤジさんはためにためて黙り込む。
「何なんですか!」
「信頼関係じゃよ」
「信頼関係?」
オヤジさんが間を空けて言った言葉はあまりにも当たり前のことだった。
「そうじゃ、信頼関係じゃ。例えばお前さんの彼女が浮気していたらどうする?」
「身を引きます。僕は彼女を好きですが、彼女が違う人を愛したのなら、それを受け入れます」
「うむ。では彼女が途轍もない秘密を隠していたら?」
「隠さなければならない事情があったのだと思います」
「余程、君はバカなのか?それとも彼女を信頼しているのかのどちらかだな」
鈴木の回答にオヤジさんは呆れているが、顔は笑っていた。
「しかし、恋愛ほど仕事は甘くはないぞ、鈴木さん。仕事となれば自社のことを考えて自身が正しいと思うことを選ぶだろう。例えば君が信頼しいる他者の人物がいる。この人になら任せられると思っていても、その会社では不利益になるからやるなと上の者が指示を出せば、会社に勤めている者は会社の命令に従うしかないだろうな」
オヤジさんの言葉に鈴木は何度も頷いた。
もし自分だったらと考えると確かに辛い。一瞬捻子屋の顔が浮かんだ。
捻子屋に利益を与える答えが出せなければ信頼を得られなかった。
また会社にとって不利益だと思うことはできなかった。
あのときは無我夢中だったが、今考えると危険なことをしていたと思う。
「身に覚えがありそうじゃな。それと同じだよ」
鈴木は相手にとって利益になること、そしてこちらにも利益が生める方法について考え始めていた。
「そうだ!信頼関係だ!」
鈴木が思考に入ろうとすると突然、今まで寝ていた男が大声を上げて起き上がった。
男はワイシャツにヨダレが垂れて、持っていたコップを突きあげたのでスーツが酒まみれになっていた。
「うわっ!」
「あっ、すみません」
鈴木が驚いて飛び退くと。男は鼻の辺りが赤くなり、顔全体は白くなっていた。
「大丈夫ですか?」
「ダイジョウブレス」
呂律も回っていない。
「お話は聞かせてもらいました。確かに信頼関係は大切で。うちの上司なんて最低なクズ野郎ですから信頼関係なんてありませんが、クズ野郎でも上司です。付き合うしかないんですよ」
愚痴を溢しだしたと思えば、今度は泣きだした。
「僕は最低なところに就職してしまった」
男が泣き始めて、鈴木が困り果てているとオヤジさんが水を持って来る。
「ほれ、水だ飲みなさい」
「はい」
オヤジさんが持ってきた水を立ち上がって一気に飲み干し。男は鈴木の隣に座り直した。
「どうして僕は年下のあんな偉そうな奴に命令されなければならないんだ」
「上司は年下なんですか?」
「そうなんですよ。しかも社長の息子なんで偉そうだし、悔しいけど顔は良いし、仕事はできるわけですよ」
酔っ払いの愚痴を聞きながら、鈴木は自分だったらと考える。
権力を持っていて仕事もできる。もちろん仕事は能力だ。
年下が上にたつこともあるだろう。それでも彼が面白くないのは理解できる。
「大変ですね」
「そうなんですよ。大変なんですよ。鈴木さんわかってくれますか」
「あれ?どうして僕の名前を?」
「先程から親父さんが鈴木さんって呼んでましたから」
「そういえば」
彼の言葉に鈴木は納得した。
「申し遅れました。私は赤城自動車 AKAGI担当営業の梶原(カジハラ) 直樹(ナオキ)といいます」
梶原は名刺を取り出して鈴木に渡してきた。
「これは丁寧にありがとうございます。私は中小企業の鈴木 太郎といいます」
「太郎さんですか。また平凡な名前ですね」
梶原は素直な人間らしい。
太郎と聞いて率直な事を言ってくる。
「中身も見た目も平凡ですから」
「名前は違いますが、中身は平凡は同じですね」
鈴木の背中を叩いて、梶原は笑い出した。
その日は二人で閉店ギリギリまで会社や上司の悪口で飲み見続けた。
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