第24話 ナチュラル

 ナチュラル、本来は"自然の"や"天然の"など、人の手が入っていないありのままの状態を表す英語の形容詞である。


 新しい彼氏はお世辞にもカッコいいとは言えないけれど、誠実で優しく見ていて飽きない人だ。

彼に不満はない。だけど、私は不安なことがある。

 彼は不思議なのだ。彼を知れば知るほど、どんどん私の知らない彼の一面が現れる。


 この間など彼から部屋に来ないかと誘われた。

今まで私からアプローチしてばかりだったのに、急な申し出に正直驚いた。同時に嬉しかった。

 呼ばれたということはそういうことなんだろうと覚悟を決めて、駅のトイレでメイクを直して彼の家を訪れた。

 彼の家は1DKで男性の一人暮らしにしては想像よりも綺麗だった。

生活感溢れる部屋は彼の匂いがして落ち着く。すぐに彼の部屋を好きになった。


 だけど、そこにはお邪魔虫がいたのだ。飼いだしたばかりのペットで名前はホルンちゃん。

黒と白のマダラ模様で不細工なんだけど愛嬌があって可愛いらしい。

 彼はホルンちゃんのことで頭がいっぱいで、身動きが取れないから私を部屋に呼んでくれたのだ。

期待していた私は自分がおかしくて、それでも彼にもっと好きになってもらいたくて得意の料理を披露した。彼は美味しいと感動してくれていた。

 彼に駅まで送ってもらい、別れ際に不意打ちでキスをした。

私から男性にキスをしたのはこれが初めてだ。

ドキドキしたけど、彼の呆然とした顔を見ていると、してやったりな気分になって満足できた。

 彼は鈍感というか、奥手というか、そんな彼を見ているとおかしいと思うと同時に、やっぱり好きだと思えた。


「それにデートの約束ができたしね」


 そう週末は太郎さんとデートなのだ。

先週の週末は会社でトラブルがあったらしくて一緒に過ごせなかった。

 まぁ私も用事で会えなかったのだが。


 営業に移ってから太郎さんは外回りばかりで、会社で会うのは朝だけになってしまった。

 そのかわりにメールでのやり取りが増えた。付き合い始めはメールや電話をしてもあまり返ってこなかった。でも、部屋に遊びに行ってからはメールもちゃんと返してくれようになった。


「今日も用事ありか」


 今日のメールの内容は耄課長と出かけるというものだった。

会社の付き合いなら仕方ないけど。やっぱり寂しいのだ。

 付き合ってからあまりに何もできていない。


「お疲れ様でした」


 営業事務のお姉様方が帰って行く。

営業部のお姉様方はサバサバした方が多い。派閥などで争うこともないし、むしろ姉御的な感じでかわいがってもらっている。

 営業の男性たちも軽口は叩くが、話が上手く話していて面白い。

彼が知らない間に私は営業部の人たちと仲良くなっていた。


 私も帰ろう。週末はデートなのだ。こんなことで落ち込んでちゃダメダメ。


「よし!」


 結局、金曜も残業ができたと断られた。

でも、彼の方から週末は自分がエスコートすると、港の公園を待ち合わせ場所に指定してきた。

彼も私のことを考えてくれているのかな?そう思うとついつい顔が綻んでしまう。

 彼に惚れ直してもらうためにも服装はばっちりと決めていこう。

お気に入りのスカートとやワンピースをクローゼットの中から出してベッドに並べていく。

姿鏡に映る自分はなかなかいいじゃないかと思うが、どうせなら彼の好みに合わせたい。

彼はいったいどんな服が好きなのだろうか、彼はどんな格好で来るのだろうか。


「もしかしら着る服がないからスーツとかかな?へへへ。ありえそうね。じゃ私もあまり可愛らしい服よりもタイトな感じがいいかな?」


 私は大好きな彼と過ごす週末を思い浮かべて、ワクワクが止まらない。


 週末は朝早くに目が覚めた。

少し寝不足気味だけど、そんな顔を彼に見せたくはない。

私は朝からパックをしてお肌に艶を与える。

 いつもよりナチュラルなメイクを意識して、少し幼く見えるぐらいにしていこう。

可愛い私を見てほしい。


「少し早く来すぎたかな?」


 約束の時間の一時間前についてしまった。

彼は私がこんなにも彼のことを好きだとは思っていないだろう。

いつも受け身で優しいから、そんな彼に捨てられるのが怖いと私は思ってしまう。

私がそんなことを考えていると靴音が止まり、顔を上げると彼が立っていた。


「あっ、太郎さん!」

「うっうん。お待たせ」


 彼は顔を伏せて挙動不審な様子で私に近づいてきた。

やっぱり彼はスーツ姿でやってきた。予想が当たって納得してしまう。それでこそ彼なのだと。


「どうしたんですか?」

「えっ、あの。綺麗だなって」


 私は驚いた。彼が私を褒めるのはいつもの事だが、いつもは冗談っぽくいうだけで今日のように恥ずかしそうにいったことはない。

 それは彼が本心から私を褒めてくれていると分かる言葉で嬉しかった。


「……ありがとうございます」

「それじゃ行きましょうか。今日は太郎さんがエスコートしてくれるんでしょ」

「う、うん」


 私は嬉しくて、彼の腕に自分の腕を絡ませた。


「今日は穏やかですね。海の近くって風が強いと思ってました」

「そうだね。このままランチに行こうと思うけどいいかな?」

「はい。店までゆっくり歩きましょ」


 彼は私のためにデートを考えてきてくれたのだろう。

今日は彼の後についていこう。彼の好きなことを知りたい。


「望!!!」


 不意に私を呼ぶ声がする。


「あれ?香澄じゃない。こんなところで何をしてるの?」


 振り返れば、香澄と龍牙が立っていた。

一瞬胸が締め付けられるような気がした。彼の袖を掴むと気持ちが落ち着いていく。


「香澄、久しぶり~」

「本当に久しぶりね。ねぇ、ねぇ。そちらの方は?」


 望と腕を組んでいる鈴木に香澄と呼ばれた女性から質問を投げかけられる。


「こちらは上司の鈴木 太郎さんよ。お付き合いしてるの」

「へぇ~、昔から望ってモテてたけど、こういう人が好みだった?」

「うん。太郎さんは今までで一番素敵な人なの」


 龍牙よりも彼の方がずっと素敵な男性だと伝えたかった。


「いいなぁ~そんなに素敵な人なんだ。よろしくお願いします。鈴木さん。私は桃鳥 香澄です。望とは学生時代からの友人なんです」

「こちらこそよろしくお願いします。鈴木 太郎です」


 彼は穏やかな笑みで香澄と握手をする。

香澄は美人だ。それに私がいいと思った人は香澄を好きになる。

ただ握手をしただけなのに、嫉妬してしまう。


「はぁ?俺はいい。赤城 龍牙だ」


 龍牙のヤツは最低だった。鈴木さんが手を差し出すと払いのけたのだ。

人としてありえない。この二人といても不快な思いしかしない。


「あっ、はい。鈴木です」


 早く終らせてデートに戻ろう。


「今日はデート?」

「そうなのよ。なかなか時間が取れなくてね。香澄たちもデート?」

「そうなの。久しぶりのデートなのよ」

「そう。お互い楽しみましょう」


 無理矢理に話を切り上げて、彼の手を引いてその場を離れる。

彼は沈んでしまい会話をしても空返事ばかりになり、その日のデートは出だしで最悪なものになった。


 必ず彼とのデートのリベンジをしてみせる。私の心は次へと燃えていた。 

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