第22話 精神
精神、非物質的現象またはその基体とされる実体をさす概念。その直接的認識は不可能なので精密な概念規定はなく,各思潮,各学派などで異なる。原語は風,息吹きを意味し,人間に宿るきわめて軽妙なものと考えられ,生命の原理とされる。
初めて望を招待した鈴木は、望に手料理を作ってもらい、ホルンの話で盛り上がり自然に会話をすることができた。
「それじゃ、そろそろ帰りますね」
「駅まで送るよ」
「じゃあお願いします。ホルンちゃん。また来ますね」
望はホルンの頭らしき部分を撫でてやる。
ホルンも気持ちがいいのか、目を瞑り望のされるがままになっていた。
望と供に駅までの道のりを歩いて行く。
「今日はご飯まで作ってもらってありがとう」
「いえ。男の人の部屋ってなんだかドキドキしてきたんですよ。やっぱり太郎さんの部屋でした」
「うん?どういうこと?」
「う~ん。ドキドキもしますけど、太郎さんといると安心するんです。部屋も同じ。なんだか安心できる空間でした。暖かいって言うんですかね」
望の言葉をイマイチ鈴木は理解できなかった。
それでも望が嫌な思いをするのではなく、良いように受け取ってくれていると言うことは理解できた。
「そう。それならよかった」
「はい」
他愛ない話を笑い合ってできる気楽さが望との間には合った。
駅に到着する間も会社のことや、ホルンのことなど他愛ない話であっという間に道程が過ぎていく。
「もう着いちゃいましたね」
「そうだね。なんだかいつも歩いている道なのに凄く短く感じたよ」
鈴木も望といると楽しかった。
「太郎さん。今度の休み、デートしましょう」
「いいね。次はちゃんと休みが取れると思うからどこかにいこうか」
「はい。それと……私達って大人ですよね?」
「大人?年齢的には俺はオッサンかな?」
「オッサンじゃないです。でも大人です。大人ならこれぐらいはいいですよね」
望の言葉を鈴木が理解するよりも望の行動の方が早かった。
望の唇が鈴木の唇に触れる。鈴木にとっての初めてのキス。
「へへへ。私からしちゃいました。今度は太郎さんからしてくださいね。じゃあ恥ずかしいから行きます」
望が駅の中に消えていく。
鈴木は初めての出来事に頭がついていかずに固まったままだった。
鈴木が再起動するのに10分ほどの時間がかかった。
望の姿が見えなくなり、スマホの振動で現実に戻される。
スマホの画面には新着メールが届いていた。
「初、太郎さん家。初キス記念日ですね」
望のメールは可愛らしいハートが付けられていた。
それにより現実の事なんだと鈴木は理解した。
「うぉぉぉぉ!!!」
駅の前で叫ぶ不審な人物になり、周りから好奇の目で見られながら鈴木はスキップして帰った。
家に帰り着くと、ホルンの寝床作りを開始してあっという間に作り終え、ホルンをもたれられる添え木に寝かせてやり、トイレも下に落とせばマットがキャッチしてくれるように配置した。
望との出来事で、舞い上がっていた鈴木はその日一日興奮して眠りにつくまで時間がかかった。
「おはよう」
会社に出社すると耄が先にきていた。
「おはようございます」
「どうじゃ問題は解決したか?」
耄の言葉に鈴木は一瞬なんのことかわからずに望とのキスを思い出す。
顔を赤くして俯いた鈴木を見て、耄はほくそ笑む。
「どうやら解決したようじゃな」
耄に笑われたことでホルンのことを思い出し、昨日の慌てていた自分を思い出す。
望との出来事が合ったことで、すっかりと昨日の自分を忘れていた。
「はい。お陰様で解決しました」
「よかったの。ならば仕事にも身を入れていくとしよう」
「はい!」
望が出社してきて、代わりに鈴木達が外回りに出ていく。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
望と顔を合わせるだけで、照れて顔が赤くなってしまう。
30にもなってみっともないと思うが、初めての経験で舞い上がっているのだ。
出ていくときに声をかけられるだけで嬉しくなる。
「ほれ。早くせい行くぞ」
耄がやれやれと言った感じで、見つめ合っている二人に声をかける。
鈴木は慌てて望から視線を逸らせて耄を追いかける。
「まったく若いと言うのはうらやましいことじゃな」
耄に茶化されながら、営業回りをしに行く。
営業回りと言っても顔合わせの延長なので、順調な更新手続きをしていく。
「うむ。今日もこれで終了じゃな。鈴木君。今日は少し時間はあるか?」
「はい。大丈夫ですよ」
耄が就業後に鈴木を誘ってくるのは珍しいことだ。
鈴木は二つ返事で空いていると答える。
望にメールを送り今日は耄と就業を過ごすことを伝える。
望と過ごせないことを詫びながら、耄と過ごすことを告げる。
「うむ。ではついてきてくれ」
耄は電車に乗り、少し都心から離れた駅に降りる。
何があるのか、わからないが耄さんの行きつけがあるのかと思って鈴木が楽しみにしていた。
しかし、到着したのは道場だった。
「あの~ここは?」
「うむ。合気道の道場じゃ」
「合気道の道場?」
耄が中に入って行くので、鈴木もその後に続く。
耄が中に入ると、大人から子供まで様々な人がいた。
「師範、お疲れ様です!」
「「「お疲れ様です!!!」」」
一人の男性が耄さんに声をかけ、他の全員が続けて挨拶する。
「師範?耄さん師範なんですか?」
「そうじゃよ。ずっとここで子供達に合気道を教えてきたんじゃ」
鈴木は耄が道着を着て、合気道を教える耄を思い浮かべて似合っていると思った。
「凄いですね」
「うむ。どうじゃ鈴木君。君もやってみんか?」
「えっ!僕がですか?」
「そうじゃ。君ならワシの教えを体現できると思うんじゃ」
「いやいやいや。僕なんて運動神経良くないですし、理解力も悪いですよ」
「君のそういう謙遜は嫌いではないが、ワシが君ならばできると思ったんじゃよ」
耄の言葉に鈴木は戸惑いつつ、準備運動をしている人達を見る。
みんな真剣に柔軟や型の練習をしている。見ている分にはなんだか楽しそうだった。
「じゃあ、今日は体験ということで」
「そうじゃな。まずはやってみなさい」
鈴木の言葉に耄は笑顔で答えてくれる。
使われていたない道着を借りて、耄に道着の着方を習う。
袴の帯の締め方が分からずに戸惑ったが何とか着ることができた。
「どうじゃ?」
鈴木が道着に袖を通して道場の中に戻ると、なんだか身の締まる思いがした。
「なんだか新鮮です」
「うむ。まぁ今日はいつもしていることを一緒に体験すればいい」
そう言って耄は道場の中心に行って号令をかける。
鈴木よりも少し年上の方が、耄の横にならんで、準備体操を始めた。
鈴木は見よう見まねで体操に参加し、その後も練習を体験させてもらう。
仕事で身体を動かしていたが、いつもと勝手が違う動きにぎこちなくなってしまう。
軽く動いているつもりでも汗が吹き出し、道着は汗でビッショりになっていた。
「最後は座禅をする」
耄の号令で全員胡坐をかいて座り目を瞑る。
鈴木は道場の端によって息を整えながら目を瞑った。
「合気道は平常心が大切じゃ。相手の力を利用し、自分の力に変える。そのため自身に怒りや焦り、不安や悲しみなど負の感情があれば人は平常心を保つのが難しい。逆に喜びや楽しみなど陽の感情があれば力みや勇み足となる。どんな状況でも冷静でいられることが大切なのじゃ」
目を瞑る鈴木に耄が語りかける言葉は、鈴木の中に落ちていく。
「どうじゃったかな鈴木君」
瞑想を終えて、生徒たちが帰った道場で鈴木と耄が向かいあっている。
「身体を動かすのは気持ちがよかったです。それに最後の瞑想の際に話していただいた内容が心にスッと入ってきました」
「ふむ。合気道は武道じゃ。しかし、その根底は精神にある。もちろんそれは社会で生きていくうえでも同じことじゃ。合気道の精神はいつでも思っておくといいじゃろう。いつでも遊びにきなさい」
「はい。ありがとうございました」
鈴木は改めて礼を述べて道場を後にした。
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