第21話 招待
招待、客を招いてもてなすこと。催しなどに客として招くこと。また、人にわざわざ来てもらうこと。
鈴木はとりあえず片づけをしようと、買ってきたゲージを取り出して組み立てる。
望がどこにいて、どれくらいで来れるのかはわからない。とにかくできる限りのことをしようと奮闘する。
ゲージが出来上がれば、次はトイレと止まり木の用意をする。
「一応鳥だし止まり木いるよね……」
タオルの上に寝たままの雛鳥に目を向ける。
雛鳥は朝置いたまままったく動いていなかった。
「なっ、お前。まったく動いてないだろ」
鈴木の声に雛鳥は鈴木の顔を見る。その顔は切なそうに鈴木を見つめていた。
「なんだよ。そんなに見つめて……」
鈴木はペットを飼った経験がない。もちろ子供の赤ちゃん育てたこともない。
そのため子供が何を訴えているかわからない。
「あっ、パンも水も全く食べてないじゃないか」
鈴木は雛鳥の事に置かれたカピカピのパンをみつけて溜息を吐く。
「お前どんだけズボラなんだよ」
考えてほしい。生後一日の赤ん坊が何も知らず、動けずにいるのに溜息を吐く鈴木の言動に、鈴木……お前がおかしい……。失礼しました。
「とにかく飯だな」
ゲージを作り終えた鈴木は荷物を部屋の端に置いて、パンを持って来る。
いも虫なども買ってきたが、正直心の準備ができていない。
「ほれ」
鈴木が食べやすいようにパンを千切って口元に運んでやる。
注射器を買ってきたので、水もそれに吸い込む口に流し込んでやった。
「よし。どうだ?」
腹は満たされたようだが、常は切なそうな表情を崩さない。
「なんだよ。飯食ったのに何でそんな顔をしてんだよ」
生きモノは人間と同じなのだ。
喉も渇くし腹も減る。飯を食べればトイレもする。
動かなければ体も痛くなる。
「う~ん。後はトイレか?そういえばお前どこからトイレするんだ?」
鈴木は顔がある場所からだいたいトイレをする場所であろう部分を見れば、白い物が付いていた。
「お前垂れ流しかよ」
鈴木は溜息を吐いて、濡れタオルとお湯を持ってきて雛鳥の身体を拭いてやる。
白い物が全部なくなり、綺麗になったので顔を見れば切なそうな顔がスッキリとした顔になっていた。
「はぁ~疲れた」
生きモノの世話がこんなにも大変だと思っていなかった鈴木はぐったりとして寝転がる。
ピンポーン!
「うわっ!そうだ。望ちゃんが来るんだった」
何の掃除もできていないまま、鈴木は慌てるが扉の前には望が立っているのだ。
逃げることはできない。
「はーい」
「来ちゃいました」
カメラ越しでも望がいつも以上に輝いているのが分かる。
鈴木の部屋に来るために気合いを入れてきたのだろう。
しかし、鈴木 太郎と言う男は鈍い。女性の変化に気付けるほど場数を踏んでいない。
「ごめん。ちょっとゴタゴタしてて、少しだけ待ってて」
「わかりました」
鈴木はとにかく見える範囲の物をクローゼットに押し込み。
ゲージと雛鳥の部屋の端に寄せる。
「お前は大人しいから大丈夫だろうけど、大人しくしとけよ」
鈴木の必死な形相に雛鳥は頷いているような気がしたので、鈴木は満足して玄関に向かう。
「ごめんね。お待たせ」
「全然待ってませんでしたよ。でもスゴイ音してましたけど大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。部屋に人をあげるって初めてだから緊張しちゃって」
「そうなんですか?へへへ。私が太郎さんの一番ですね」
望は嬉々として鈴木の部屋に入り、部屋の中を見渡している。
「結構普通なんですね」
「どういう意味だい?」
鈴木は買い置きしておいたお茶を入れて、テーブルの上に置く。
「ありがとうございます。だって男の人の部屋ってもっと汚いのかと思ってたんで」
鈴木は几帳面ではないが、見える範囲と同じ場所に物が無いと気になってしまう。
気になったときは、夜中でも片付け始めてしまうのだ。
「そうかな?」
「太郎さんもヌイグルミとか好きなの?」
「ヌイグルミ?そんなの持ってないけど……」
望の言葉に鈴木は意味が解らずに首を傾げる。
「だって不細工だけどこんなに可愛いヌイグルミを持ってるじゃないですか」
そういうと望が、部屋の隅に避けていたホルスタイン柄の雛鳥に手を伸ばした。
「重っ!なんですかこのヌイグルミ」
望はあまりの重さに持ち上げることができなかった。
「望ちゃん。それはヌイグルミじゃないんだ」
「えっ?じゃこれなんですか?」
「それは雛鳥なんだよ」
「雛鳥?!」
太郎は望に雛鳥のことを説明した。
望は驚きながら、話を聞いて納得してくれた。
「不思議なこともあるんですんね」
「そうなんだよ。だから今日はこいつのことに追われていたね」
鈴木は買い物袋をクローゼットから取り出して、色々と買ってきた物を見せる。
「そうだったんですね。じゃ今日は有り合わせの物でなんか作りますね」
望は冷蔵庫を開けて、中に入っているものだけで料理を作ってくれる。
望の弁当を食べたことがあるので彼女が料理を作れるのを知っていたが、手際の良さに驚いた。
「本当に料理ができるんだね」
「疑ってたんですか。もう嘘じゃないですよ」
望の作ってくれた料理にしたつつみをうちながら料理を堪能した。
「それよりもこの子の名前はなんていうんですか?」
「名前?そういえば考えてなかったな」
「そうなんですか?う~ん鳥の雛だからヒナちゃん?それとも白黒だからシマシマちゃん?」
安易な名前だが、それでいいような気がした。
「じゃあ、ホルスタイン柄だからホルンでどうかな?」
「ホルンちゃんですか。可愛いですね」
望も気に入ってくれたようで、雛鳥の名前はホルンに決まった。
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