第20話 ペット

 ペット、人の心を和ませたり楽しませてくれる、といった理由で人が飼っている動物のことである。人はペットとの様々なやり取りを楽しんだり、その姿や鳴き声などを鑑賞したりする。


 鈴木が目を覚ますとなんだか熱い。モコモコとしたクッションを抱きしめて寝た記憶はないのに、腕の中にクッションが存在していた。


「なんだこれ?」


 黒いクッション?いや、黒と白のホルスタイン柄のクッションだ。


「こんなクッション買った覚えないぞ」


 鈴木が怪訝そうにクッションに触っていると、クッションがモゾモゾと動き出した。


「うわっ!なんだこれ?」


 鈴木は驚いてベッドから飛び降りた。その間もホルスタイン柄のクッションが動いている。モゾモゾと何をしたいのかわからないが、もがいているような気がする。


「大丈夫か?」


 段々心配になってきた、鈴木はクッションをひっくり返してやる。気持ち悪い顔をしていたらどうしよう。恐る恐る目を開けると、つぶらな瞳と小さな嘴をした鳥?だった。


「鳥?ホルスタインの鳥?」


 鈴木は疑問を口にしながら、鳥を凝視する。鳥も鈴木の顔を見て動かなくなった。つぶらな瞳で鈴木を凝視している。


「これはどういうことだ?」


 やっと落ち着きを取り戻した、鈴木が状況を整理しようと辺りを見渡す。鳥の近くに赤と緑のマダラ模様の卵の殻が落ちているのが目に入った。


「あっ!昨日の卵」


 鈴木はやっと状況を理解した。酔って抱きかかえた卵が孵ったのだ。


「お前、あの卵から出てきたのか?」


 鈴木は巨大な雛鳥に質問を投げかける。ちなみに卵がデカかったせいか、雛鳥もデカい。つぶらな瞳と小さな嘴は可愛いが、身体との対比が合っていない。全体の大きさは、デカいスイカほどあるのだ。


「なんだか愛嬌のある奴だな」


 ホルスタインの雛鳥を見ているとなんだか、可笑しくなってきた。ハッキリ言って、顔は不細工だ。お世辞にも可愛いとは言えない。逆にそれが愛嬌があって可愛く見えてくる。


「雛鳥って何食べるんだ?これ何の鳥だよ」


 鈴木はマイペースな人間なのだ。常に精神をニュートラルに保つことができる。雛鳥を見た驚きは落ち着きを取り戻し、現実的なことを考え出した。


「なんだか、昨日の出来事があるから。お前がいきなり現れても、受け入れている自分がいるな」


 ブレインとの出会いを思い出して、鈴木は非現実的な出来事に対応している自分が可笑しくなった。スマホで雛鳥のご飯を検索し、イモ虫や粟だまというのが出てきた。そんな物は家にない。仕方なく買っておいた食パンを千切って口に運んでやると普通に食べた。


「おお、パン食べるのか」


 鈴木はなんだか嬉しくなった。食パン丸々一枚食べさせて、自身のために食パンを焼く。


「でも、どうしようか?今日はまだ火曜日だからお前の面倒見れないぞ」


 鈴木はデカい雛鳥をどうすればいいか考える。鈴木自身ペットを飼った経験がないのだ。そのため動物にどう接していいかわからない。


「とにかくトイレするよな。それに腹も減るだろうし、どうしよ?世話してる時間とかないぞ。うわぁー無理すぎるだろ」


 鈴木はとりあえず、ほとんど動かない雛鳥を抱きかかえる。


「重っ、お前何キロだよ」


 10キロの米袋を抱えているような重さが、鈴木の腕にズシリと圧し掛かる。


「とにかくベッドでトイレされると困るから、ここにタオル引いておくぞ」


 鈴木は簡易の雛鳥ベッドを作る。目と嘴があったので立たせようとしたが、立たせようとすると転がっていき、結局寝ころぶ形になるので、諦めて寝たままの姿勢でタオルの上に置いた。


「一応、お椀に水と皿の上にパンを置いとくから食べられるなら食えよ」


 今できることをして、鈴木はスーツに着替えて家を飛び出した。鈴木が出社すると、耄が先に来てお茶を飲んでいた。


「おはようございます」

「おはよう。今日はギリギリじゃな」


 時計を見れば始業時間の15分前だ。いつも鈴木は始業時間30前には出社しているので、そのことを言っているのだろう。


「すみません。家でトラブルがありまして」

「トラブル?大丈夫かね?」

「はい。まだ解決はしていませんが、今日中には解決してみせます」

「うむ。では仕事には支障はないのじゃな」

「はい」

「よかろう。では今日の予定を話そう」


 10分前になって望がきたことで、本日の仕事が開始される。夜に挨拶をした業者達とは別に、会社自体への挨拶周りに行くのだ。一週間かけて、それぞれの会社に顔合わせと契約の更新、そして契約内容の説明をすることで鈴木も仕事を覚えていく。

 望は営業事務として、各会社の業法整理や契約書類の作成、領収書や出品伝表についてを他の事務に教えてもらうので、一週間は別々の仕事になる。


「うむ。今日はこんなところじゃな」


 18時前になり、最後の子会社を出たところで耄が今日の就業を告げる。


「今日はこのまま直帰とする」

「お疲れ様でした」

「うむ。トラブルは早めに解決しなさい」


 耄は朝に話した内容を覚えていたらいい。心遣いに感謝して、耄に別れを告げて鳥用ペットショップに立ち寄り、必要な物を買い揃える。


「雛だけど一応鳥だから、止まり木いるかな?餌は何でも食べそうだから適当に鳥の栄養に成る物を買って。後はトイレ用のマットを買っておくか」


 ホルスタイン柄の雛鳥の大きさを考えて、買い物をするとかなりの大きさの物と、大量の餌で買い物カゴが二つにもなった。大きな袋四つ抱えて鈴木が帰宅したときには両腕がパンパンに膨れ上がっていた。


「イテテ、なんで俺がこんなことしなくちゃいけないんだ?」


 疲れて項垂れた後、スマホが光っているのに気付いた。


「あっ!望ちゃんに連絡するの忘れてた。怒ってるだろうな」


 鈴木は恐る恐るメールを開ける。


「今日は直帰だと耄課長から連絡がありました。私も定時で上がりましたので、ご飯いきませんか?」


 時刻を見ると既に一時間前のメールだった。


「うわぁーこれはヤバイな。電話にしよう」


 鈴木は二日続けてメールの返信では悪いと思って、電話をかけることにした。


「もしもし、望ちゃん?」

「太郎さんどうしたんですか?」

「ごめんね。メールもらってたのに気付かなくて、今、家についたばかりなんだ」

「そうなんですか……じゃご飯は無理そうですね……」


 望の残念そうな声に鈴木はいたたまれなくなる。


「もしよかったら家に来ない?」

「えっ、太郎さんの家に?」

「うん。ダメかな?」

「行きます」


 望の嬉しそうな声を聞いてスマホを切ったはいいが、この家の状況をどう説明しよう……

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