第19話 電子メール

 電子メール、インターネットの初期からある通信手段であり、UUCPやSMTPなどのプロトコルを介して、メールを相手サーバに届けられる。電気的な信号で送受信を行うのでかかる時間は数分程度である。


 ブレインの部屋を出た、鈴木と耄は暗い廊下を黙って歩いた。エレベーターに乗り込んだところで、鈴木は大きく息を吐く。


「はぁー不思議な体験でした」

「なんじゃ、やはり緊張しておったのか」

「いえ、緊張とまではいかないのですが。部屋を出てから何か話をすると、ブレインに聞こえてしまうんじゃないかと思いまして」

「うむ。ありえるじゃろうな。まぁそんな心配をせんでも、この施設に居る間は全て彼女に見えとるよ」

「はい?」


 耄の言葉に鈴木は驚いた。


「不思議なことではあるまい。地下にある監視カメラは、全てブレインの目となり耳となるのじゃかならな。彼女は全てを見ているのじゃ」

「そうなのですか?」

「うむ。地球人という人種を学んでおるそうじゃ。少し偏った成長の仕方をしているように見えるがな」


 耄はブレインの言動について何か考えているようだった。


「そんなことよりも、まだ仕事は終わっておらんぞ」

「次は何をしたらいいんでしょうか?」

「次は30階に戻って、業者や小社の奴らと顔合わせじゃ」

「今日、電話をしたのにですか?」

「そうじゃ。あれは挨拶と謝罪。顔合わせは今からであろう」


 言われてみれば確かにそうだと思った。エレベーターが到着して30階に降りると、今日も破損の酷いロボットを修繕するのに、多くの人々が走り回っていた。


「営業課の勤めは、それぞれの会社の顔役となることじゃ」


 耄に付き従い、電話をかけた小社や業者さんたちに挨拶をしてまわる。概ね電話と同じような対応で、快く受け入れてくれる人が多かった。中には捻子屋のように過剰に喜んでくれる人までいる。


「おう。鈴木さんか、あんたなら俺達は安心して仕事ができるぜ。お互い良きパートナーでいよう」


 手を止めて握手を求めにきてくれる。捻子屋とは逆に、消極的な相手は、「あなたが地下の掃除屋さんですか、普通ですね」と良くわからないあだ名と品定めをされただけだった。


「うむ。今日はこんなところじゃろう」


 大方の修理が完了し、作業員たちも帰り支度を始めている。改めて今日の就業を告げる耄に鈴木も緊張の糸が解けた。営業課一日目なのだ。緊張しない方が嘘だろう。

 それでも鈴木の精神は乱れることなく、正常を保ち続けた。作業着からスーツに着替える、途中でスマホの画面が光っていることに気付いた。


「うわっ、望ちゃんだ」


 スマホに表示された時刻は12時を回っている。望から12件のメールと、3件の電話がかかっていたようだ。電話をする時間でもないので、メールの内容を確認する。


「私の用事は終わりました。残業が終ったら、一緒に食事でもどうですか?」


 着信履歴に21時と書かれている。それから数分おきに……


「メール見てます?まだ残業ですか?」

「寂しいです。会いたい」

「まだですか?お腹すいた」

「今日は無理そうですね。諦めます」

「お仕事頑張ってください。でも、私の事も見てほしいな」


 などのメールが12件入っていた。鈴木は最後にメールがきていたのが、23時だったこともあり返信しようか迷ったが、一応一通のメールだけ送ることにした。


「今、残業が終わりました。今日はコンビニで買い物して家に帰ります。おやすみ」


 メールを打ち終えてジャケットに袖を通す。侘しくコンビニ弁当だなと思って外に出ると、スマホが鳴った。


「お疲れ様でした。お仕事ご苦労様です。もうお風呂に入っちゃったから、一緒に晩酌できないけど、ゆっくり休んでね」


 12件のメールが来ていたときは、嬉しいような恐いような気がしたが、今のメールでやっぱり彼女がいるのは幸せだと思えた。


「なんだか嬉しいな。明日も頑張ろ」


 鈴木はコンビニで缶ビールとツマミを買って帰った。自宅に辿り着き、シャワーを浴びてから缶ビールを開ける。


「プハッー、この一口が最高だよ」


 鈴木がオヤジ発言をして一本を飲み終える。鈴木はお酒が強くない。一本でも十分に酔えるのだ。酔った鈴木は部屋の中を物色し始める。


「何か面白いものはないかな?」


 自分の家なので、どこになにがあるか分かっているはずなのに、部屋を物色する姿は間抜けなことだろう。しかし、酔っている人間というのは無駄なことをするものだ。


「うん?なんだこれ?」 


 部屋の片隅、ボールのようなものが転がっている。


「なんだ、なんだ?」


 鈴木は嬉々としてボールを持ち上げる。それはマダラ模様の卵だった。しかもバスケットボールぐらいの大きな卵だ。


「卵?こんなのあったっけ?」


 叩けば、コンコンといい音がする。改めて言っておく、鈴木は酔っている。


「まぁ、こんなところに卵なんてあるわけないか。寝よ」


 冷たくて気持ちいい、卵を抱きかかえて鈴木は眠りについた。

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