第13話 総務
総務(そうむ)とは、組織全体に関する事務を扱う業務、或いは、職務のこと。
休憩所を出た鈴木は作業着に着替えて地下に降りて来ていた。壺怪人によってボロボロになったロボットを見上げて鈴木は溜息を吐く。
耄課長はどこかに消えてしまったので、自分の悩みを打ち明けることもできない。
「今回もスッゲ~な。修理するのも一苦労だぜ」
「元さん。ご苦労様です」
「おう。今までで一番の被害だな」
「はい。それだけ戦いが激しかったってことなんですよね」
「まぁな。俺達にできるのは明日も戦えるようにすることだ。頑張るぞ」
「はい」
元が仕事に取り掛かり、鈴木もいつもの掃除を開始する。今回は壺怪人の攻撃を耐えきったこともあり、かなりの損傷が激しい。
そのため火花が飛び散り、鉄くずが落ちてくる。
しかし、仕事に没頭しようとするが、どうしても鈴木は明日からのことを考えてしまう。
営業部への転属って何をすればいいんだろう。
いきなり営業をやれと言われても何のノウハウもない人間ができるモノなのだろうか。
鈴木は思考しながら不安にかられていた。
「おい。鈴木君、どうしたんだ?」
「えっ、あっ、すみません」
いつの間にか立ち止まっていた鈴木に元が声をかける。
「珍しいな」
「すみません」
「何かあったのか?」
「えっ、すみません。大丈夫です」
鈴木の煮え切らない態度に、元は大きく息を吐く。
「鈴木君、どうだい。今日は終わった後に飲みにいかないか?」
「えっ、飲みですか」
鈴木は、明日からの事を考えたが一人でいるよりはいいだろうと思った。
「行けます」
「よし、決まりだ。ならさっさと作業を終わらせちまおう」
鈴木は苦笑いする。元に気を遣わせてしまったことを恥じて、自身の考えを振り払うように首を振る。
元と約束したあとは、営業課に異動することは一旦頭の隅に置くことができ、掃除の作業に没頭することができた。
その日の修繕を終えて、会社の前で待っていると元が作業服でやってきた。
「待たせたか?」
「いえ。僕も着替えて今来ましたので丁度良かったです」
「そうか、ならいこう。今日はまだ休日だろ。今日ぐらいは飲んでもいいはずだ」
壺怪人とヒーローが戦ったのが午前中だった。
そこから修理に入り、現在は18時で夜と言っていい時間だった。
「そうですね。行きましょう」
元に連れられて居酒屋へと入って行く。
鈴木はお酒が強い方ではないので、居酒屋に来ることは滅多にない。
しかし、営業課に異動になれば嫌でもお酒を飲む機会が増えるだろう。
そう思うとまたも憂鬱になってしまう。
「おいおい。どうした鈴木君、湿気た面になってるぞ」
「すみません」
「なんだ、なんだ。俺でよかったら聞いてやるぞ」
元と鈴木はビールを頼み、元が適当にツマミを注文する。
「ビールお待たせしました」
「おう、きたきた。とりあえず乾杯だ。今日もお疲れ様!」
「お疲れ様です」
元が陽気に乾杯を申し込んできたので、鈴木も杯を合わせるように持ち上げる。
乾杯を済ませると元は一気にビールを飲み干した。
「お姉ちゃん、ビールおかわり」
「ハーイ」
すぐさま二杯目を注文する。
「仕事終わりのビールは格別だな。それで何があったんだ?」
元の陽気な様子に、鈴木も段々と気持ちが落ち着いてくる。
「実は、明日付けで営業に転属になりまして」
「営業?確か鈴木君は総務だったよな?」
「はい。会社内部の仕事をしていたんですが、会社の事例で営業に異動することになりまして。何も知らない自分が異動して大丈夫なんでしょうか……」
「そんだ、そんなことで悩んでいたのかよ」
「そんなことって!」
鈴木は元の発言に若干の怒りを感じる。
「怒るな、怒るな。別にバカにしたわけじゃないぜ。簡単なことだよ」
「簡単なこと?」
「ああ。今まで通り真面目にコツコツやって行くしかないってことだ。鈴木君はそうやってきたんだろ?何よりダメだったとしても上の判断が間違っていたというだけだ。下はそんなこと考えずに突っ走ればいいんだよ」
元も仕事で若い者を纏める親方をしている。仕事の割り振りを決めたり、その者に合った仕事を探したりと大変だが、だからこそ若手のミスは自分の責任だと思って行動している。
若手が仕事をできる環境を作ってやることこそが、上の役目だと考えて行動しているのだ。
「突っ走れって……」
鈴木は不満そうな顔で元の顔を見る。
「不安に思うのも分かる。自信が無いのも分かる。でもな。それで逃げてちゃ何もできないんだよ。鈴木君、俺は君を認めているぜ。君ならどこに行ってもいい仕事ができる。だから与えられたチャンスに向かって頑張ればいいんだよ」
元の一言一言が鈴木の心に染み込んでいく。
「ありがとうございます。元さんに話して良かったです」
不満そうな顔から一変して鈴木の顔は晴れやかなものになっていく。
「これでも年長者だからな。それにな鈴木君。男なら何かを挑戦しようとしている奴の背中を押したくなるってもんだろ。ガハハハ」
「ありがとうございます」
鈴木は改めて礼を述べてビールを飲み干した。
夕方から飲む酒は妙に体に染み込んでいく。冷えたビールが丁度いい酔いを鈴木に与えてくれる。
日付が変わる時間まで元と飲み明かして、自宅に帰宅した。
元に相談したことで、明日に向けて上手く気持ちを切り替えることができた。
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