第11話 休日出勤
休日出勤、労働保護立法または労働協約の定める標準労働時間(労働時間)を超える労働。1日の所定時間を超える残業・早出と,休日出勤とがある。
翌朝、鈴木は会社のソファーで眠りについていた。本日は休日で出勤する必要はなかったのだが、作業員たちにいつでも連絡をしても大丈夫だと言った手前、家で寝ている場合ではないと判断して会社に残っていた。
鈴木が勤める中小企業は、勤務しているビルに秘密がある。ビルは地上5階、地下50階の特別施設に改造されているのだ。地上5階の中にはオフィス以外に、食堂と休憩所も完備している。
休憩所には喫煙所や、ソファー、自販機やコーヒーメーカー、テレビなども置かれており、軽食ならば休憩所でとることができるのだ。
「ヒーローには休日はないか」
明け方まで作業員たちの対応に追われ、先ほど眠りに就いた。正午に差し掛かる少し前に目が覚め、鈴木はテレビを点けてニュース速報を見ていた。テレビの中では五人のヒーローが、宇宙からやってきた怪人と戦っていた。
「今日の怪人は頭が壺の形をしている宇宙人か」
顔が壺でできている。壺に目と口が付いたような不細工な宇宙人だ。頭が壺の入り口なのだろうか?見ている分には間抜けそうな印象を受ける。
身体と、腕や下腿部も壺でできている。壺の中から手や足が出入りしているようで、何とも全てが不細工な怪獣だ。
「宇宙人も色々な奴がいるんだな」
見た目はどうも間抜けに見えるが、壺怪獣は強いらしい。壺の中に手や足が消えたと思ったら、五人のヒーローの前に突然現れて攻撃を仕掛けてくる。
近づこうとしても、どこから現れるかわからない攻撃が無数に出現することによって、五人のヒーローの行くてを阻まれる。
五人が力を合わせれば倒せていた今までの宇宙人と違い、五人のヒーローが圧倒されていた。
「見た目じゃわからないもんだな」
鈴木はいつの間にか手に汗を握っていた。五色のヒーローが負けたら、この世界はどうなるのだろう。あんな宇宙人に支配される世界が、どんなものになるのか想像できない。
「負けるな、ヒーロー!」
鈴木が叫ぶと、倒れていたヒーローの中からイエローが立ち上がる。
「私は負けない!」
イエローが叫んで、壺怪人に挑みかかる。
「ツボツボツボ。お前如きでは俺には勝てないぞ」
イエローは異空間から無数に現れる手や足の攻撃を、ときには避けときにはダメージを負いながらも近づいていく。
「頑張れ、頑張れ。イエロー」
いつの間にか鈴木はイエローを応援していた。鈴木の声援が聞こえたのかどうかわからない。だか、イエローは壺怪人に触れれる場所までやってきた。
「幸せを手に入れるのよ。あなたなんかに邪魔されてたまるもんですか!だいたいあんたキモいのよ」
イエローの私怨が込められたパンチが、壺怪人の顔を殴り飛ばす。
「ツボー!!!」
圧倒的な攻撃量を誇った壺怪獣の弱点は防御力が皆無だったらしい。イエローのパンチ一発で、壺怪人は断末魔の悲鳴を上げた。顔だった壺が砕け散り、大爆発を起こしたのだ。
「勝った?勝ったぞ!」
テレビを見つめていた鈴木はソファーから立ち上がって両手を上げる。
「やっぱり正義は勝つんだな」
鈴木がイエローの勝利に喜んで万歳をしていると、壺怪獣が爆発した炎の中から巨大化して現れる。
「ツーボー」
壺怪人が巨大化して叫び声をあげる。それに相対するようにレッドがロボットを呼ぶように叫んだ。実際は腕時計型のスイッチを合図に、それぞれの出口から五体のマシーンを出動させているのだが、演出が必要なのだろう。
「まだ新型ができていないけど、彼らなら」
五体のマシーンが操縦者を乗せて合体していく。戦隊モノでは恒例の光景に、年甲斐もなく胸が熱くなる。
「ヒーロー達の活躍の裏に俺達の仕事ありってか」
鈴木は自分がヒーローに係わる仕事につけたことを誇らしく思えた。
「おう、鈴木。ここにいたのか」
休憩室の扉が開いて壺井が入ってきた。
「壺井!今まで何してたんだ」
鈴木は突然現れた壺井に驚きながら、画面から目が離せない。画面の中ではロボットが巨大化した壺怪獣に苦戦していた。ロボットは一体だけなので、的が一つに絞られ、圧倒的な攻撃量がロボットを襲っている。
「ワリィ、ワリィ。でもあれだ。俺も大変だったんだぜ。昨日の商談がなかなかいい返事がもらえなくてさ。結局三軒もハシゴだぜ。まぁ、その後は寝てただけなんだけど」
壺井の軽い謝罪と、本当は悪いと思っていない態度に鈴木は唖然とする。
「それにしても業者の奴らマジウゼェな。たく、子会社のくせにいちいちうるせぇっての」
しかも業者の悪口を言い出す始末。
「下っ端は、上に使われてればいいってんだよ」
壺井の悪態に鈴木は言葉が出てこない。
「まぁ、とにかく助かったよ。でも、あれだろ。総務課って、結局雑用とか人の尻拭いする課だろ。仕事したって感じでよかったじゃん」
壺井の物言いに段々怒りが湧いてくる。
「お前は!何を言ってるんだよ」
鈴木が壺井に食って掛かった。
「なんだよ。謝ってるだろ許せよ」
「お前は何もわかってない。別に俺のことはどうでもいい。だが、夜遅くに働きにきてくれた作業員さんたちに悪いとは思わないのか?お前のミスで、いったい何十人、何百人の人が迷惑したかわかっているのか?」
鈴木の剣幕に壺井はたじろぐ。しかし、その顔にはむしろ何故自分が攻められなければいけないのかという不満そうな思いが顔に滲み出ていた。
「だから謝ってるだろ。しつこい奴だな。だからお前は総務課なんだよ。細かいことばっかり気にしやがって。そんなんだから『地下の掃除屋』とか変なネーミングつけられるんだ」
「『地下の掃除屋』?」
「そうだ。お前他の会社からなんて呼ばれているか知らないのか?お前は『地下の掃除屋』って言われてバカにされてんだよ」
壺井の言葉に鈴木は意味がわからず黙り込んだ。それを打ちのめされたと勘違いしたのか、壺井が追い打ちをかけてくる。
「お前みたいな掃除しか能がない奴が、黄島 望と付き合っていること自体がおかしいんだよ」
壺井の言葉に鈴木は、壺井が黄島を好きだと理解した。理解したことで、壺井の言い分に怒りではなく呆れてしまう。
「お前は本気で言ってるのか?会社に迷惑をかけて、反省もしないで女の話をして」
「本気に決まっているだろ。黄島みたいな良い女と付き合っていいのは、俺みたいなエリートだけなんだよ」
大手ではない中小企業の、単なる営業部のエースをエリートと呼ぶかどうかはわからない。壺井の態度に鈴木は話しが通じないと思った。壺井に対してどうすればいいのかわからなくなったのだ。
「だいたい総務課が営業部の俺に意見してんじゃねぇよ。業者は使うだけの駒、子会社はその名の通り小間使いだ。引きこもりの総務課にはわからないだろうけどな」
壺井は鈴木に言い切って、外に出て行こうとして背中を向ける。鈴木は、壺井にかける言葉がなくなっていた。
「バッカモン!!!」」
怒鳴り声が休憩所に響く。
「お前はどこまでバカなんだ、壺井!」
怒鳴り声の後に、老人が休憩所に入ってくる。
「耄課長!」
壺井が驚いた声を出して老人の名前を叫ぶ。その言葉に鈴木は顔を上げた。テレビの中では苦戦を強いられていたヒーローが壺怪獣に迫っていた。
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