第10話 プレジデント

プレジデント、組織や団体の長を意味する単語。語源はラテン語。


 一台のタクシーが屋台の前に止まる。誰もいなくなったオフィス街には似つかわしくない、木製の屋台には赤い提灯が輝いている。


「お爺ちゃん」


 屋台の中に屋台には似つかわしくない、白い肌の超絶美女が入っていく。


「望か、まぁ戻ってくるわな」


 屋台の店主である老人を、お爺ちゃんと呼ぶ超絶美女を見て屋台のオヤジは溜息を吐く。


「どうしてこんなところにいるの、お爺ちゃん」

「しがない老人の趣味を邪魔するなよ」


 店主はイタズラが見つかった子供のように、バツが悪そうな顔をしている。


「ふ~ん。そんな言い方するなら、太郎さんに話してみようかな」

「やめておけ。信じるとは思えなんが、気の良い客が減る」


 白く長い眉の間から鋭い目付きで凄む老人に、超絶美女は肩をすくめる。超絶美女の名前は黄島 望という。中小企業の派遣社員をしている。

 しかし、その実態は日本が誇る黄島重工業のご令嬢なのだ。黄島重工業は創始者である黄島キジマ 鉄山テンザンにより、戦争時に創業された。

 主力製品は、船舶・エネルギー関連機器・産業機械・航空機・ロケットエンジンなどであるが、兵器開発にも精通しており、秘密戦隊達が乗るロボットの主要エンジンを作り出した会社でもある。


「まさか黄島重工業の会長が、こんなところでおでん屋さんをやってるとは思わないか」

「ふん。時間のあるときに、たまにしかやれんがな。そんなことよりも望はてっきり赤城のところの坊とくっつくと思ったがな。まさか、鈴木君を選ぶとわ」

「なに?反対なの?」


 望が世界の黄島と呼ばれた老人を相手に凄んでいた。


「別に反対はせんよ。だが、見極めることはさせてもらうがな。世界の黄島を継げるだけの素質があるのか、そしてお前にふさわしい男かをな」

「そんなこと」

「あるんじゃよ。お前にはそれだけの価値があるんじゃ」

「わかってるよ。でも、今は邪魔しないでね。まだ付き合いだしたばかりなんだから」


 望は席を立つ。


「もう行くのか?」

「うん。パパ達には内緒にしとくけど。お爺ちゃんもあんまり無理しないでね」

「はっ、こんな事ぐれぇたいしたことねぇよ。あの時代を生き抜いた俺ならな」

「はいはい。お爺ちゃん、本当に心配してるんだからね」

「おっ、おう。もう店じまいするから一緒に帰るか?」


 世界の黄島を作った男も、孫には弱い。店じまいを早々に済ませて、待機させていたコンテナ車に屋台が積み込まれていく。


「そういえばなんで鈴木君なんだ?」

「太郎さんは平凡だから。普通で目立たない人だけど、当たり前のことを当たり前にできる人なの」


 望の顔を見て、鉄山は頭を掻く。


「女の勘は当たるからな。信じてみるか」


 鉄山の言葉を望は聴いていない。望は太郎の顔を思い出して胸を熱くしていた。


ーーーーーーーーーーーーー


 緊張しっぱなしの望とのデートを終えて、鈴木はお酒も入っていたので帰るなり眠りに落ちた。しばらくすると、鈴木のスマホが鳴り響いた。


「うわっ!あっ、はい。鈴木です」

「鈴木君。大変なことになっているんだ。すぐに会社の地下30階に来てくれ」

「わかりました」


 鈴木は重たい体を起こし、冷たい水を飲み干して目を覚まさせる。お酒が残っているが、少し寝たことで頭はスッキリしている。


「鈴木君、こんな時間に呼び出してすまない」


 鈴木が地下30階に到着すると、地下は忙しなく人が走り回っていた。


「いえ、いったい何があったんですか?」

「どうも、うちのミスらしくてね。発注を担当していた鉄とネジが足りていないらしいんだよ」

「材料不足ってことですか?」

「ああ。ロボットを新型に改良する話が出ていたんだよ。会社全体で動いていたんだけどね。営業部で問題が起きたらしいんだ。そのせいで夜中に取り掛かるはずだった作業ができなくて、他の業者に迷惑がかかってしまっているんだよ」

「それで担当は誰なんですか?」

「壺井君だよ。彼ね、成績は良いんだけど。大手ばかりに気をとられていて、他の中小企業をないがしろにしていたらしいんだよ。そのせいで今回もミスが出たみたいでね」


 前川は露骨に嫌そうな顔をして、溜息を吐いた。


「それで壺井はどこですか?」

「それがね。連絡が取れないんだよ。今回は赤城自動車との接待に行っているはずなんだけど、それも終わっている時間なんだよね」

「それで、僕は何をすればいいんですか?」

「壺井君の代わりに出入り業者さん達に謝って、折り合いをつけてきてくれないかな?」

「僕なんかでいいんでしょうか?ただの係長ですよ」

「それは大丈夫だと思うよ。君は地下では有名人だからね」

「有名人?」

「そうだよ。あっ、業者さんが来たから頼むね。私も別の業者を相手にするから」


 前川が去って、すぐに5人の作業服を着た男達がやってきた。


「おい。どうなっているんだ?」


 先頭を歩く、50代ぐらいの厳つい親方が鈴木に話しかけてきた。


「申し訳ありません。こちらに不手際があり、皆様には大変ご迷惑をかけております。今日は作業を、お休みしていただきたいのです」

「休むって言うが、俺達はここまで出て来てんだぜ。子供の使いじゃないんだ。日当分とはいかないまでも、なんらかの賠償はしてもらわないと収まらないぞ」


 親方さんは、怒っているわけではないが、困った顔で鈴木の顔を見ている。全面的にこちらのミスが原因だということもあり、リスク回避しなければならない。これからも円滑な付き合いをしていくために、強気な発言だけではいけないのだ。


「仰ることはごもっともです。こちらの不手際で本当に申し訳ありませんでした。そこで、皆様には交通費と迷惑料として一人につき、今日は、5000円出させて頂きます。日当には少ないですが、気持ちだと思って受け取ってはいただけませんでしょうか?」

「あんた名前は?」


 親方は頭を掻きながら、鈴木の名前を聞いてくる。


「総務課係長、鈴木 太郎です。誓って約束は守ります」

「あんたが鈴木さんか、あんたの言葉なら信用がおける」


 鈴木は改めて親方の顔を見て、親方は連れているメンツを振り返る。それぞれに居心地の悪そうな顔をしながら苦笑いを浮かべている。


「そこまで真摯に対応してもらえるとは思わなかったよ。むしろ、ありがとうな、鈴木さん。俺は捻子屋ネジヤだ。何か整備のことで困ったことがあれば俺に言ってくれ。あんたの誠意に答える仕事をすると誓うよ」


 親方は面子が守れたこともあり、鈴木の肩を叩いて握手を求めてきた。捻子屋達と別れた後も、何人かの作業員の親方衆と話をして、鈴木は問題を解決していく。


「ふおっ、ふおっ、ふおっ。前川さんとこはいい人材が育っておるな」

「恐縮です。彼は際立ったことはしません。堅実に一歩ずつ確実にしかできん男なのです」

「それがいいではありませんか。今回の件、彼のお蔭で助かりました。流石は『地下の掃除屋』ですな」

「そのあだ名を彼は知りませんがね。彼の仕事は評価が高いのに自分では気づいていませんからね。また彼の態度が他の会社の方々に好感をもたれているのもありがたい。まぁ、今回のことで業者関係や作業員たちの評価はうなぎのぼりでしょうな」

「ふぉっ、ふおっ、ふおっ。彼に任せてもよいかもしれませんな」

「どうか、検討お願いします。耄オイボレさん」


 前川は営業部課長の耄と肩を並べて、リスク回避をしている鈴木を見つめていた。

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