第9話 デート

 デート、恋愛関係にある、もしくは恋愛関係に進みつつある二人が、連れだって外出し、一定の時間行動を共にすること。逢引あいびきおよびランデヴーとも言う。


 望は定時に会社に戻ってきた。


「えっ、接待行かなくていいんですか?」

「ああ。今日はデートをしよう」


 鈴木は望の願いを叶えつつ、どんな作戦をとればいいのか考えることにした。


 デートとは行ったが、鈴木は、女性とデートするのは初めてなのだ。望をどこに連れていけばいいかわからない。悩んだ鈴木は、行きつけの定食屋に望を連れてきた。

 自分が美味しいと思うものを望に食べさせたくて秋刀魚定食を頼んた。秋刀魚は相変わらず丁度いい油が乗り最高の焼き加減で、素晴らしい味に舌鼓を打つ。暑さが陰りを見せる季節になってきたが、まだまだビールが美味しい季節なので、秋刀魚とピールは鉄板だろう。


「美味しい!こんな美味しい秋刀魚、食べるの初めてです」

「そうだよね。ここの秋刀魚は本当美味しいんだよ」


 望の喜びように定食屋に連れてきてよかったと思えた。


「そうかい。こんな美人さんに褒めて貰えて嬉しいねぇ」


 定食屋のオバちゃんは望を見た瞬間にサインをもらおうとしていた。それほど望が美人であることは、誰の目から見ても明らかだった。


「鈴木さん、あんたには勿体無いほど凄い美人じゃないか。頑張んなよ」


 オバちゃんは望に聞こえる声で、鈴木の脇腹を突いてくる。茶化しながらも応援してくれている気のいいオバちゃんなのだ。


「そんなことないですよ。太郎さんは素敵な人です」


 そんなオバちゃんの言葉に望が笑顔で答える。名前で呼ばれるのも、他人がいる前では照れてしまう。オバちゃんに茶化されながら、食事を終えて店を出る。行きつけの飲み屋でもあればいいのだが、鈴木はそんな洒落たお店など知るはずもない。


「ごめんね。僕の行きつけってここしかなくて」

「全然嬉しいですよ。凄く美味しかったです」


 望が喜んでくれたのは嬉しいが、デートとしては物足りない。女性をエスコートできるほど気の効いたことはできない。それならありのままの自分を見てもらえればいいかと、鈴木はある場所に連れて行くことにした。


「う~ん。もう一店だけ飲みにいこうか?」

「はい。いいですね」


 鈴木はネクタイを緩めて鞄にしまう。


「なんだかいいですね。男の人がネクタイ緩める姿って」

「そうかな?自分じゃ意識したことないけど」


 望は鈴木の一つ一つの動作を褒めてくれる。鈴木も気分を良くして足取りが軽くなる。そして、本当にたまにしか来れない、もう一つの行きつけにたどり着いた。


「よかった。今日もやってたよ」

「お店って屋台ですか?」

「そうだよ」


 鈴木がもう一軒と言って連れてきたのはオヤジさんのおでん屋だった。屋台だし店主はお爺ちゃんだ。デートで来るような場所ではないと思うが、ここのおでんは絶品なのだ。


「凄いです。私、屋台って初めてで、一度来たいと思ってたんです」


 鈴木は望が社交辞令を言っているのではないかと振り返り顔を見る。望は本当に目を輝かせていた。いつもと同じ、元気な笑顔を浮かべる望の顔に鈴木は安堵する。


「よかった。じゃあ行こうか」

「はい」


 おでん屋の、のれんを潜ればオヤジさんがスポーツ新聞を読んでいた。


「いらっしゃい」

「こんばんは。また来ちゃいました」


 オヤジさんに出迎えられて、鈴木が返事をする。望は物珍しそうに屋台の構造を見ていた。


「また来たのかい、鈴木さん」

「はい。ここのおでんは絶品ですから」

「へへへ。ありがたいねぇ」


 オヤジさんは照れたように鼻の頭を掻いて立ち上がる。


「望は、日本酒は飲める?」

「あっ、少し苦手です」


 屋台の中を見渡していた望に声をかけると、日本酒は苦手だと返ってきた。おでんと日本酒は最高の組み合わせなのに残念だ。


「あっ!」

「うん?」


 望が屋台の内装から、視線をオヤジさんに向けたときに声を上げた。オヤジさんも望の声に驚いて、二度見していた。


「どうかしたの?」

「えっ、な、なんでもないです」


 明らかに動揺した声で望が答えるが、鈴木はあまり鋭い方ではない。望が何でもないと言うのならば何でもないのだろう。


「鈴木さんのこれかい?」


 オヤジさんは面白いものを見るように頬を緩めて聞いてくる。


「ええ。まぁ」


 鈴木が照れながら答えると、オヤジさんは任せておけと一升瓶を取り出す。


「お嬢ちゃん。今日は初来店だ。うちのおでんと、一杯の日本酒をご馳走するから試してみな」


 オヤジさんはおでんを見繕い、望の前に置いた。コップをおでんの横に置いて日本酒を注ぐ。口元に一本指を立てて、望にウィンクしていた。


「はい」


 望は笑顔でオヤジさんの粋なはからいを受け入れた。注がれた日本酒を口にする望は綺麗だった。


「美味しいです」

「そうかい、そうかい。よかったね」


 オヤジさんは嬉しそうに何度も頷いている。望は先程の元気がどこかにいってしまったのか、急に大人しくなり、鈴木は日本酒に酔ってしまったのだと思った。

 望が大人しくなったので、鈴木はオヤジさんと話をしながらおでんを楽しんだ。


「そろそろ帰ります」


 鈴木が席を立ち、オヤジさんにおあいそをお願いする。


「いいよ、いいよ。今日は鈴木さんの初デートだろ。祝いだ」

「ありがとうございます」


 オヤジさんにご馳走してもらい、おでん屋を後にした。


「急に大人しくなったけど、大丈夫?おでん不味かった?」

「美味しかったです。太郎さんはお爺さんと仲がいいんですか?」

「仲がいいかはわからないけど、常連だからね。よくおでんをご馳走になってるよ」

「そうですか」


 望は何か考え事をするように、黙り込んでしまった。


「じゃあそろそろ帰ろうか?」

「はい。今日はご馳走様でした」


 望をタクシーに乗せるまで送り、料金を運転手に渡す。


「またね」

「はい。また明日」


 最後はなんだか、望の元気がなくなったような気がするがどうしてだろう。鈴木はなんとか初デートを終えたが、心残りができてしまった。

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