第8話 社内恋愛

 社内恋愛、同じ会社に勤める男女同士の恋愛。


 こんなことが有ってもいいのだろうか?これは現実?彼女いない歴=年齢の鈴木 太郎に彼女ができた。

 彼女はモデルでも通用するぐらいの超絶美女、平凡な鈴木と釣り合うはずがない。二人の関係はすぐに社内全体に広がっていった。


「係長……仕事場ではそう呼びますね」


 望にハメられてから一夜明け、鈴木 太郎は戸惑いの境地にいた。


「あのぅ、望ちゃん。近くないかな?」

「そんなことないです」


 鈴木と望がいる場所は総務課の一室ではあるのだが、とにかく狭い。デスクが二つ置かれ、資料を置いておく棚が備え付けられているだけの簡易な部屋なのだ。それでも今までは意識などしてこなかった。いや、意識はしていた。だが諦めていたのだ。

 平凡な男など相手にされるはずがないと。だが今は、彼氏彼女になったのだ。頑張れ、鈴木。負けるな、鈴木。密室に二人きり、今まで諦めていたことを意識してもいいのだ。


「二人がいて、デスクも二つあるんだから、一つのデスクで仕事することはないんじゃないかな?」


 朝、出社してみろと、望のパソコンが鈴木のデスクに置かれていた。元々あった鈴木のパソコンと合わせて二台のパソコンがデスクの上に並べられている。


「そんなことはありません。私達彼氏彼女になったんですから。できるだけ近くに居たいじゃないですか。それに私、好きな人とはどこか体が触れ合っていたいんです」

「そう……そういうもの?」


 女性と付き合ったことのない鈴木としては、付き合うとはどういうことなのかわからない。


「はい。そういうものです」


 望の満面の笑みを見れば、反論する気もなくなるというものだ。


「鈴木、ちょっといいか?」


 望の勢いに押されつつある鈴木に声をかけた者がいた。


「ああ、壺井。大丈夫だ」


 声をかけてきたのは営業部の壺井ツボイ 浩孝ヒロタカだった。壺井は鈴木の同期で、歳も同じ30歳なので、何かと比べられる間柄なのだが、現在は営業部のホープで次期課長に一番近い奴だと言われる壺井に鈴木としては尊敬するばりだった。


「望ちゃんも、おはよう。すまないね。君の上司を借りていくよ」

「どうぞ。仕事ですので」


 望は目も合わせずに、壺井に返事だけをする。鈴木はどうしてだろうと疑問に感じたが、壺井が肩を竦めたので聞かないでおくことにした。

 鈴木は壺井に連れられて、屋上へやってきた。昼には少し早いので、屋上には誰もいなかった。


「どうしたんだ?」

「なぁ、望ちゃんと付き合っているって本当か?」

「なっ!もう知っているのか?」

「知っているってことは本当なんだな?」

「ああ。付き合いだしたのは昨日だけどな」

「昨日か、ならまだチャンスはあるか?」


 壺井が何かを呟いたが、鈴木には聞こえていなかった。


「話はそれだけか?」

「いや。今晩、営業の大事な取引があるんだ。そこに望ちゃんを借りられないか?」

「いつもの接待か?本人に聞いてみるが、コンパニオンも呼ぶんだろう?」


 壺井は営業成績は良いが。その実、経理部からバッシングを受けている。接待と称して、飲み食いやコンパニオンに使うので、接待費が多いのだ。


「必要なことなんだよ。頼むよ」


 さらにコンパニオンを呼ぶくせに、何かと望を接待に同席させようとするのだ。他にも望を接待に同席させる営業はいるが、壺井の頻度はその中でも一番多い。


「まぁ聞いてみるよ」

「頼むな」


 壺井に見送られて鈴木は屋上を後にする。


「おかえりなさい。係長・・・」


 なぜか係長の部分を強調された気がする。


「どうかした?」

「いえ、別に。それで壺井さんの話ってなんだったんですか?」

「ああ、それが君を接待に招待できないかと、いつもの頼みだったよ」

「そうですか、ではお断りしてください」

「えっ!どういうことだい?」


 望はこういう話がきても断らない。派遣社員なので断ることはできるが、特別手当ても出るし、悪い話ではないのだ。


「壺井さんって、私のことをエッチな目で見て気持ち悪いんです。それにあの人の接待に行くと、服を脱がされそうになったり、酔わそうとしてくるんです。今までは仕事の為だと思ってきましたが、私は太郎さん以外に触られたくありませんから、お断りしてください」


 係長から太郎と呼ばれてしまっては彼氏として守らなければ気持ちになってくる。望の気持ちを聞いた上に壺井の悪事を聞かされては黙っていられない。だが、どうすればいいのだろうか。


「あっ、鈴木君。丁度いいところにいたね。今日は残業ないから」


 前川がやってきて鈴木に残業がないことを告げていく。


「ねぇ、太郎さん。今日はデートしませんか?」


 望は壺井との接待を拒否しつつ、鈴木とのデートを希望してきた。だが、鈴木の中である計画が頭をよぎっていた。平凡で平均値を生きてきた鈴木にも許せないことがある。


「僕はね、ルールを破るのが好きじゃないんだ。ゲームでもルールを守って遊ぶから面白いんだ」

「えっ、は、はい」

「壺井がしていることが許せない。だから力を貸してくれないか望ちゃん」


 初めて見る鈴木の真剣な顔に、望は戸惑いつつもドキッとした。


「わかりました」


 鈴木かられる初めてのお願いなのだ。望も付き合っている鈴木の望みを叶えてあげたいと思った。二人が見つめ合っていると望のスマホが鳴りだした。


「あっ、すみません。ちょっと電話してきます」


 望はスマホを片手に、立ち去って行った。相手は見えなかったが、元彼だろうか?少し不安になる鈴木だった。半信半疑とはいえ、元彼に嫉妬している自分に気付いて鈴木は笑ってしまう。自分にそれだけの価値があるのか自分に問うとしまう。そして内心では、ないだろうと鈴木は思うのだ。


「すみません。係長、ちょっと早退してもいいですか?」

「えっ、じゃ今日はキャンセルしておこうか?」

「いえ、必ず夜には戻ります。だから係長の作戦協力しますよ」


 望はウィンクをして、荷物をまとめてオフィスを出て行った。


「なんだか嵐みたいだな」


 壺井に対して怒っていた頭が、冷静さを取り戻す。鈴木は、望の態度に若干気持ちを落ち着けることができた。壺井が何をしているのか、それを掴む作戦を実行させるためには情報が必要だ。すぐに事を起こしても失敗するだけだ。


 望が早退した後、壺井に連絡を取り、望が今日は無理だと言うことを伝える。


「そうか、本人に用事があるなら仕方ないな」


 望が早退してしまったことを口実に断りの連絡をいれた。思いつきで行動してはいけない。まずは壺井の悪事を掴まねばならない。

 内線を切って、鈴木は時計に目をやる。いつの間にか時間は昼休みになっていた。いつもの牛丼屋にいくため席を立つ。


 牛丼屋ではテレビの中で、五色のヒーローが今まさに戦っていた。でも、なぜだろうか?イエローの動きがいつもより機敏だった。昨日は調子が悪そうに戦っていたのに、今日は素早い動きで敵を殲滅していく。


「うわぁ!今日のイエローキレッキレッだな。滅茶苦茶強ぇ」

「なんか他の仲間引いてね?」

「うわっ、ワニ顔の宇宙人を一人で倒しちまった」


 大学生の二人組の解説を聞きながら、昼飯をお腹に納める。


「今日はロボットの出動なかったな。よかった、よかった」


 鈴木は協力をしてくれると言った望のために親睦を深めようと考えていた。顔を叩いて気合いを入れ直してから、会社へ戻った。

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