第5話 恋は盲目

 恋は盲目、恋におちると、理性や常識を 失ってしまうということ。


 変態的な発言をされようと相手の事が好きであれば愛おしいと思う。但し相手を好きか、疑っているときであれば、ちょっとした出来事で100年の恋も終わることがある。


 どこかの雑誌で書いていた内容を、思い出しながら昨日の出来事を振り返ってしまう。黄島が泣き止むまで鈴木は胸を貸していた。もちろん残業をしていた前川には酷く叱られたが、高圧洗浄機が綺麗に墨を弾いてくれたので、お叱りはチャラとなった。徹夜だったことは言うまでもないが、黄島のためだと思うと胸が温かくなる。


「おはようございます。係長」

「おはよう。もう大丈夫なのかい?」


 黄島は目を赤くしていた。痛々しくもあったが、元気に笑っていた。


「へへ。はい!もう大丈夫です。昨日はご迷惑をおかけしました」


 勢いよく頭を下げる黄島に、相変わらずの無邪気さと、明るさを感じられたことで、鈴木も胸をなでおろした。


「望ちゃんが大丈夫ならいいさ」

「係長って案外、紳士なんですね」


 黄島は顔を赤らめて、小さく呟いた。


「うん?何か言ったかい」

「なんでもありません。仕事しま~す」

「ああ。今日も頑張ろう」


 お昼になるまでのんびり過ごして、いつもの牛丼屋に向かおうと席を立つ。


「あっ、係長。ちょっと待って下さい」

「どうかしたかい?望ちゃん」

「実は昨日のお礼で、お弁当作ってきたんです」

「えっ!」

「ご迷惑じゃなければ食べてください」

「あっ、ありがとう」


 戸惑いつつも黄島からお弁当箱を受け取る。中には出し巻き卵とハムレタス、切り干し大根に金平牛蒡となんとなく茶色が多い気がする。でも、昔ながらの日本料理に意外性を感じつつ、食欲は素直に反応して腹の虫がなった。


「美味しそうなお弁当だね。本当に食べてもいいの?」

「すみません。たいしたものじゃないんですが、母が作ってくれた物しか作れなくて……」

「とんでもない。好きなものばかりだよ。ありがとう」

「へへへ」


 望は昨日のことを微塵も感じさせずに笑っている。ヒドイ彼氏であっても別れたから、落ち込んでいるかと思ったが、女性は強いものだ。鈴木は感心しながらお弁当に手をつける。


「美味しい」

「お口に合ってよかったです」


 黄島の意外な特技に関心しながら箸が進む。


「あっ、鈴木君。今日は残業無いからね」


 お弁当を食べていると課長がやってきて、今日の残業がないことを告げていく。これは幸福なのだろうか?不幸なのだろうか?黄島弁当の次は残業がない。奇跡の連続に鈴木は自身の頬をつねってみる。


「夢じゃない」

「やったじゃないですか、係長。今日は一緒に飲みに行きましょうよ」


 課長の言葉を聞きつけて、望が鈴木を飲みに誘ってくる。前回までならば、笑って誤魔化すところだが、昨日振られたばかりの黄島を一人にするのは気が引けたので、申し出を受けてもいいかと思った。


「まぁ、たまにはいいかな」

「やった。係長の驕りですよ」


 現金なものだ。黄島の態度に鈴木は苦笑いで応える。定時になり、黄島は早々に帰り支度を始めている。片付けも終盤に差し掛かったところで、黄島のスマホが鳴り響く。


「あっ!」


 スマホには彼氏らしき男性の名前が表示されている。鈴木は、やはり幸福は長く続かないものだと理解してしまう。


「望ちゃん、出ないのかい?」

「いいです……」


 鈴木が無言で見つめていると、黄島がスマホの画面を確認する。遠慮する必要はないと、鈴木は言葉にすることはなくゆっくりと頷く。


「係長。ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。彼氏のところにいってあげなさい」


 電話をかける黄島に気を使って、鈴木は先に会社を出た。いつもより早い夕飯を一人で摂るため、夕飯を食べれるときに利用している定食屋に向かった。

 『おかえり』と書かれたのれんを潜って中に入る。テーブルが四つとカウンターが五席だけのこじんまりとした店だが、昔ながらの雰囲気が鈴木の気持ちを落ち着かせてくれる。


「オバちゃん、秋刀魚の塩焼き定食一つ」

「あら?鈴木さん久しぶりじゃない」


 定食屋のオバちゃんは割烹着に身を包み、鈴木を出迎えてくれた。値段も手ごろで、料理は美味い。一人暮らしをしている鈴木にはありがたい憩の場所だ。


「最近残業が多くてね。いつもの頼むよ」

「はいよ。栄養たっぷりな秋刀魚用意してるよ」


 オバちゃんと話しながらテレビに視線を向ける。夕日の中で宇宙人が地球を襲っている映像が流れている。怪獣を五色のヒーローが迎え撃つ。だが今日はなんだかイエローの動きが鈍い。

 ピンクとイエローはスーツの形から女性だと分かるので注目してしまう。イエローの動きがどこかやる気がないように感じられる。それに引き替え、ピンクとレッドのコンビネーションは完璧だった。

 二人の活躍により、怪獣が追い詰められて巨大化した。


「本当に物騒な世の中だね。怪獣もそろそろ諦めたらいいと思うんだけどね」

「まぁ彼らも必死なのでしょう。でも本当に諦めてほしいですね」


 夕日をバックに戦うヒーローを見ながら、オバちゃんが持ってきてくれた秋刀魚に箸を入れる。秋刀魚は油が乗っていて美味しかった。

 ふと望にも食べさせてやりたいなと思ったが、今頃彼氏とよろしくやっているのだろうと思うと、自分では役不足だと笑ってしまう。


「あら、今日はロボットの動きが鈍いわね」

「本当ですね。右足の方の操作が遅いみたいです」

「イエローさん、体調でも悪いのかしら」


 オバちゃんの心配を聞きながら、五色のヒーローはなんとか敵を倒すことができた。そんなに強い敵ではなかったが、右足部分の破損が激しそうだった。


「オバちゃん。今日も残業になりそうだから、会社に戻るよ」

「そうかい、大変だね。頑張んなよ」


 ビールの栓を抜く前でよかったと思いながら、定食を急いで食べ終えて会社へと戻る。

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