第6話 残業

残業、規定の労働時間を超えて仕事をすること。


 徹夜は体を壊す三大原則の一つである。浴びるように酒を飲むのもダメ、寝ないのもダメ、そして一人で生きて行くのもダメ。人は一人では生きてはいけない。二日続けての徹夜を終えた鈴木は、ハイテンションになっていた。


「おはよう。あれ?今日は元気ないけど大丈夫?」


 鈴木が出社してくると、珍しく望が先に出社していた。顔色が優れない。明らかに落ち込んでいる。雰囲気が漂っている。望とは逆にハイテンションな鈴木は、普段空気を読んで言わないセリフを言ってしまう。


「なんでもないです」


 明らかに沈んだ声で答えた望に、どうしたものかと鈴木は考える。


「そんな沈んだ顔の望ちゃん見たくないよ。可愛い顔が台無じゃないか」


 どこのキザ野郎だと冷静になったら思うことだろう。だが、この場にいる鈴木の口は止まらない。


「いつも会社に来るたび、望ちゃんの笑顔を見るのが楽しみなんだよ。何があったかわからないけど、やっぱりいつも元気で笑顔が素敵な望ちゃんに戻ってほしいな。僕にできることはなんでもするよ」


 立て続けに出てくるキザセリフ、冷静になった鈴木が思い出せば悶絶死できるのではないだろうか。


「係長……私って可愛いですか?」

「可愛いよ。世界一可愛い」

「私の笑顔好きですか?」

「ああ、大好きだよ。望ちゃんの笑顔を見るだけで、いつも元気になれるよ」

「何でもしてくれるんですか?」

「なんでもしちゃうよ。ご飯も奢るし、お酒でも飲みにいこうか?」

「私のこと好きですか?」

「大好きだよ……あれ?」

「まぁ、係長が、そんなに私のこと好きなら仕方ないですね」


 いつの間にか暗かった望の声は明るくなっていた。落ち込んでいる顔から、どこかニヤニヤしたような笑顔に変わっている。


「えっと、あれ?今のは……」

「まぁ、係長がそんなに私のこと好きならいいですよ。私も係長のこと嫌いじゃないですし」

「うん?」

「仕方ないから友達からお付き合いしてあげます」

「えっと、望ちゃん」

「はい。あっ、望ちゃんは変ですね。これからは一応彼女になるんだから、でもまだ友達ですよ。友達ですけど望って呼び捨てにしてください」


 満面の笑みで鈴木を見ている望に、鈴木はある事実に気がついた。


「えっと、望ちゃん……元気だね?」

「はい。私、気付いたんです。顔が良くても私を愛してくれないなら追いかけても仕方がないって。なら相手にも愛してもらえて私も愛せる人を選ぼうと思って」


 望の宣言に徹夜明けの頭がハッキリしてくる。


「ええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」


 ハイテンションは長くは続かない。鈴木 太郎は生涯初めての彼女?ができた。


「ハメられた」

「それは心外な言い方ですね。私はハメてなんていませんよ。係長が私を口説くから私は乗っただけです」


 少し顔を赤らめて、そんなことをいう望に鈴木は後ずさる。


「でもね。彼氏彼女だよ?そんな簡単に決めてもいいものなのかな?」

「ちゃんと考えました。私にとって必要な人は誰なのか、いつも私を身近で支えてくれて、相談に乗ってくれて、平凡だけど真面目で、お金持ちじゃないけど普通で、イケメンじゃないけど不細工でもない人って誰だろって。そしたら係長、ううん。太郎さんが浮かんできたんです」


 いきなり物凄い勢いで話し出した望に、圧倒されながら鈴木は尻もちをついた。


「私が求めていたのは太郎さん。あなたなんです」


 鈴木 太郎はここまで熱烈に人から求められたことはない。真面目に仕事に取り組んできた。平凡にしか生きていけない鈴木は、几帳面というほどキッチリしてはいない。頼まれたことを断らないようにはしてきたが、目立った功績や特技もない。そんな自分に、まさかこんな超絶美少女から告白される日が来るとは夢にも思わなかった。


「あのね、でもね。君はこの会社のアイドルなんだよ」


 しろどろもどろになりながら、話を続けようとする鈴木に望が顔を伏せる。


「太郎さんは、私と付き合うのが嫌なんですか?」


 顔を両手で包み込んだ望に、泣かせてしまったと焦った鈴木が立ち上がる。


「そんなことないよ。付き合えたら天国にいるよりも幸せだよ」


 鈴木がなんとか涙を止めようと言葉をかけると、望が顔を上げる。


「本当ですか?」


 潤んだ瞳で鈴木を上目使いで見ている。鈴木は何度も頷く。


「わーい、嬉しい」


 先程まで泣いていたのが嘘のように鈴木の胸に飛び込んできた。


「私も太郎さんのこと好きですよ」


 耳元で囁かれる言葉は爆弾以上の恐さがある。そして二日間の徹夜は冷静さを失わせる。


「望が好きだ」


 鈴木は望の柔らかさと甘い香りに陥落して、強く望を抱き締めた。

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