第4話 主役

主役、ある事柄における主要な役割・役目。また、それをつとめる人。 


 華々しい舞台の中で輝くのはいつも、主役達である。その裏で働く者達に、光は届かない。


 そんなことを鈴木が考えていると、テレビの中では主役である五色のヒーローが、今日もテレビを騒がせている。今日の話題は、宇宙からやってきた強敵ではなく、ヒーローたちが乗るカラフルな巨大ロボについてだ。


「なんか今日のピンクのマシーン、変な色じゃなかったか?」

「ああ、俺も思った。なんかピンクなんだけど、キラキララメッてるっていうかデコってる?」


 なぜ今日も宇宙人は来るのだろうか?今日来なければ、明日には直っていたのに、そんなことを思うのはこの店で鈴木だけだろう。


「そうなんだよ。異様に目立つよな、あの色使い」

「まぁピンクだから良いけど、それにしても今回の怪人は面白い奴だったな」

「おう。タコみたいな顔してるくせに『イカー』とか叫ぶんだもんな」


 確かに手が10本なのがイカだと思うのだが、ちなみにタコは八本足だ。だが、基本的にイカの手は普段二本が見えていないらしい。宇宙人は八本の手を駆使して攻撃を仕掛けつつ、残り二本で止めを刺しに来た。それだけを見ればイカだと思う。


「しかも技がイカ墨攻撃とか、お前タコじゃんって何回突っ込んだが」

「わかるわかる。でも、あのイカ墨が落ちなくて、ヒーローたちが黒一色になってたのが残念だよな」

「そうか?俺はそれはそれでありだと思ったけど」

「まぁ、ピンクのラメも気にならないしな」


 鈴木はいつもの牛丼屋から出て、ため息を吐く。


「今日も残業だな……」


 会社に帰ると黄島がパソコンを打っていた。


「あっ係長、おかえりなさい」

「ああ、望ちゃん。今日残業になりそうだから、先に帰って良いよ」


 黄島を早く帰さないと、また課長に怒られてしまう。


「そんなことより係長聞いてくださいよ。私の彼氏って、酷いんですよ」

「いや、望ちゃん……」


 帰るように言ったのに、話を続ける黄島に二の句が告げずにいた。仕方なく話を聞きながら鈴木の背中には冷や汗が流れる。


「それでですね。私の彼氏って意外に俺様系なんですけど、本当に腹立つんです。最近は香澄の事ばっかり見てるし」

「香澄?浮気はダメだね。でも、そんなに心配ならそろそろ帰って彼氏のことを捕まえた方がいいんじゃないかな?」

「むぅ、係長!ちゃんと聞いてました?私、彼氏と喧嘩中なんですよ」

「でもね。彼氏君も望ちゃんみたいな可愛い子を、手放したくないと思うよ。とにかくもう一度話してみた方がいいよ」


 黄島は怒ってはいる。それでも話の内容から、彼氏のことが好きなのだろうというのが、ヒシヒシと伝わってくる。仲直りするために背中を押してほしいということなのだろう。


「そうなのかな?本当に私って可愛いですか?」

「そらゃ、メチャメチャ可愛いと思うよ。僕なんかじゃ釣り合いが取れないほど高嶺の花って感じだよ」

「ふふふ。なんだか係長と話してたら元気がでてきました。係長って優しいですよね。係長が彼氏だったらよかったのに」


 女性が良く使う社交辞令に笑顔で応える。気分を良くした黄島は、彼氏に会いに行くと言って帰って行った。黄島の背中が見えなくなると、急いで作業服に着替えてエレベーターに飛び乗った。


「遅いよ!遅すぎるよ、鈴木君」


 地下に降りると既に作業は始まっていた。前島課長の叫びで出迎えられるのは自分の不徳なので仕方ない。


「すみません。望ちゃんの話が長くて、女性の恋バナを侮っていました」

「まぁ、望嬢のことなら仕方ないけど。本当に頼むよ。確かにこの仕事は秘密だけど、こっちの仕事も大変なんだからね。もう社長も作業をしてらっしゃるから急いで」


 課長に急かされて、仕事場に向かう。真っ黒に汚れたロボットを、デッキブラシで必死に擦っている。


「課長!漂白剤ってありますか?もしくは高圧洗浄機とか」

「どうかな?激落ち君はかなり消費しているんだけどね」

「とにかく超合金専用のブラシがないか聞いてきます」

「頼むよ」


 課長に見送られてホームセンターに行き、帰りに夜の繁華街を走り抜ける。


 宇宙人達は几帳面な者達が多いのか、必ず一日ごとにやってくる。繁華街を歩いていると、酒を飲むサラリーマンや、手を繋いで歩くカップルが目に入る。

 宇宙人が攻めて来るというのに、のんきなものだ。鈴木が呆れながら走っていると、綺麗なネオンが光り輝く中で、聞き慣れた声が耳に入ってくる。


「どうして!どうして私じゃダメなの?」

「お前のことは好きだよ。でも、俺は香澄の方が好きなんだよ」


 声のする方向に近づいて行けば、黄島 望と、その彼氏らしき男が痴話喧嘩していた。さすがは黄島 望の彼氏と思うほど、彼氏の容姿は薄暗い路地裏でも光って見える。それほどのイケメンだった。


「私のファーストキス……奪ったくせに……」

「最後まではしてないだろ。俺も望と、香澄の間で心が揺れていたんだ。でも、怪人の液体でスーツを溶かされる香澄の姿を見たとき気付いたんだよ。俺は香澄が好きだって」


 話を内容を聞いて、イケメンなのに残念な人だと鈴木は認識を改めた。


「ただ、胸が大きくて黒髪が綺麗で、お嬢様で清楚なだけじゃない」

「そうだよ。望は可愛いけど香澄は望がもってないものを持ってるんだよ」

「酷い!」「ごめん」


 黄島を一人残して男は去って行く。鈴木はどうしたものかと考えて、黄島に声をかける。


「望ちゃん……」

「係長!!!どうして……」

「ごめん、たまたま残業に必要な物を買いに来ていてね。聞こえてしまっ」


 鈴木が全て話し終える前に、望が鈴木の胸に飛び込んできた。


「今だけです。すみません。係長」


 黄島は鈴木の胸で涙を流した。こんなドラマみたいな展開は、自分には似合わないと思う。鈴木は黄島の背中を擦ってやるため高圧水蒸気を地面に置いた。

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