13 夢告げの巫女

「ユメミ! この部屋からげた煮魚にざかなのにおいがするけど、なにかあったの⁉」


 わたしが、夢げの巫女みこを名乗るうららちゃんの「自分、千年生きてます」発言におどろいていると、ハクトちゃんが窓をすりぬけて入って来た。(ここ2階なのにどうやって入って来たの⁉ しかも、また土足だし!)


「おお、これはこれは、白兎神はくとしんさま。ご機嫌きげんうるわしゅう。焦げた煮魚のにおいは、このお守り……いいや、この呪いのアイテムからただよっているのでしょうな。ワシには悪夢のにおいはわかりませぬが、こうやって手にふれたら邪悪じゃあくな力を感じ取ることができるゆえ、まちがいないでしょう」


 うららちゃんが、外見はどうみても10歳児のハクトちゃんに、うやうやしい態度でひざまずき、そう言った。


 白兎神って……。ハクトちゃんが神様だということを知ってるの⁉


 ていうか、神様のハクトちゃんは一般人には見えないはずなのに、うららちゃんには見えるんだ……。やっぱり、うららちゃんはただ者じゃないみたい。


「あ……あんたは、夢告げの巫女! どうして、こんなところにいるのよ」


「夢でオオクニヌシさまから『夢守ゆめもり少女となったユメミさんの手助けをしてあげてほしい』と頼まれたゆえ、ユメミさまのいらっしゃる街にやって来たのです」


「オオクニヌシさまが? ……ちぇっ、オオクニヌシさまったら、あたしのことを頼りないと思ってるのかしら? 妄想ヘタレ女子のサポート役なんて、あたし1人で十分なのに」


 オオクニヌシさまからお告げをもらったって……。本当に、神様からのお告げを夢の中で聞くことができるんだぁ……。


「もしかして、わたしのそばにいるために、うちの学校の生徒になりすましているんですか? 愛花ちゃんと結衣ちゃん、あなたのことを以前からの友達みたいに接していたけれど……」


「ワシにはヒトの記憶をちょいちょいといじる能力があるのじゃ。学校の先生たちや他の生徒たちの記憶もすでにいじっておるゆえ、月曜日にワシが教室にいても、ユメミさま以外の人間はだれも違和感いわかんを持たぬじゃろうな。おっほっほっほ」


 うららちゃんは口元を手でかくし、あやしげに笑う。その仕草は、外見が10代に見えないほど色っぽかった。


 さ、さすがは千年生きている巫女さん……。そんな特殊とくしゅ能力があるなんて……。


 でも、千年の歳月を生きるためには、ヒトの記憶を改ざんする能力は必要不可欠なのかも。


 うららちゃんは少女の外見のまま年をとらず、ずーっと生き続けているんだよね? それが本当なら、みんなに「なんでこの子は年をとらないんだ? 怪しい! さては妖怪か⁉」って思われちゃうよ。


 そんなときに、みんなの記憶をいじってしまえば、抱いていた疑問も忘れちゃうはず。


 別の町や村に移り住もうとしたときも、そこに住んでいるヒトたちの記憶をいじったら、うららちゃんは「ずっとその土地で暮らしていた、みんなの仲間」だと認識にんしきしてもらえる。そうしたら、そこで平和に暮らせるはずだ。


「記憶をいじる力って、すごい……」


「おっほっほっほ。ただ、ユメミさまのように、神の御使みつかいとなった方にはワシの力は通用せぬ。夢守少女とは、かくり世の管理者であるオオクニヌシさまの仕事を代行だいこうする、神聖しんせいなる存在そんざいじゃからな。夢の世界だけでなく、うつし世でもある程度ていどは神の加護かごをあなたさまは受けているのじゃ」


 へー、そうなんだぁ~。


 ん? もしかして、うららちゃんがわたしのことを「ユメミさま」と呼んでいるのは、わたしが神様の御使いだから?(ぜんぜんそんな自覚なかったけど……)


「わたしたち、これからはクラスメイトなんですよね? クラスメイトを『さま』づけで呼ぶのはおかしいから、『ユメミさま』はやめませんか?」


「なるほど、たしかに。では、おそれおおいが、『ユメミどの』と呼んでもよいか?」


「『ユメミどの』もちょっと……。結衣ちゃんたちにも『どの』をつけていたけど、やっぱり違和感が……」


「ふ~む。やはり、もうちょっと今風いまふうの……イケてる女子中学生っぽい呼びかたがよいかのう? ならば、『ゆめみん』というニックネームはどうじゃろう? そして、ゆめみんのご学友たちは『あいかちん』『ゆいっぺ』と呼ぼう」


 この人は、ふつうに人の名前を呼ぶつもりはないのだろうか……。


 これ以上、他の名前の呼びかたを要求ようきゅうすると、さらに変てこな呼ばれかたをされそうなので、わたしは『ゆめみん』というニックネームに甘んじることにした。


「……これからよろしくお願いします。うららちゃん」


「こちらこそ、よろしく頼むのじゃ。あと、ゆめみんも、敬語けいごなんてやめてくれ。われらは、仲間なんじゃからな」


「うん……わかった」


「おい、こら! あんたたち、のんきに親交しんこうを深めている場合かっ‼ なにか事件が起きたのよね? さっさとあたしに事情を説明しなさいよ!」


 わたしとうららちゃんがなごやかな雰囲気ふんいきになっていると、ハクトちゃんがだんだんと床をみながら怒った。


「そ、そうだった! ええとね、わたしのクラスの委員長の結衣ちゃんが――」


 わたしはあわてて、結衣ちゃんが見た白ヘビの夢のこと、結衣ちゃんが夢占いのお兄さんにその夢を買ってもらったこと、それから薄墨うすずみ色のお守りを渡されたことをハクトちゃんに説明した。


「『夢買い』ですって……? 昔の人間たちは、夢の売り買いをよくやっていたけれど、現代人の多くはそんな風習をすっかり忘れているはずよ。しかも、このお守りからは悪夢のにおいが……焦げた煮魚のにおいがプンプン漂ってくるわ。その夢占いの男、怪しいわね」


「『夢買い』って、昔はふつうのヒトもやってたの?」


「そうよ。あんた、歴史小説も読んでいるそうだから、鎌倉幕府かまくらばくふを開いた源頼朝みなもとのよりともの奥さんの北条政子ほうじょうまさこを知っているでしょ?」


「うん。夫の頼朝が死んだ後、幕府の実権じっけんをにぎって尼将軍あましょうぐんと呼ばれた人だよね」


「北条政子はね、自分の妹が不思議な夢を見て吉夢きちむ凶夢きょうむか悩んでいたとき、それは吉夢だと知っていながら『それ、凶夢だから、お姉ちゃんが買ってあげる!』と言って、妹が前からほしがっていた自分の鏡と小袖こそでをあげて、妹の夢を買い取ったのよ。そうしたら、政子は源頼朝にプロポーズされたの。政子は、将軍の奥さんとなるはずだった妹の運命を『夢買い』によって、自分の運命にしちゃったってわけ」


「え、ええぇぇぇ……。妹さん、かわいそう……」


 でも、『夢買い』って、本当にヒトの運命を買い取っちゃうことができるんだ……。


 もしも、結衣ちゃんが見た夢が、凶夢じゃなくて吉夢だったら?


 本当は弟の大地くんにとって縁起えんぎのいい夢だったのに、それを売ってしまったのだとしたら?


 手術が成功するはずだった大地くんの運命が変わっちゃう恐れがあるってこと⁉


「ゆめみん。ワシが、諏訪すわ神社の神様であるタケミナカタさまに夢で問い合わせてみよう。ゆいっぺは、諏訪神社に弟の手術の成功をおいのりしていたそうじゃし、諏訪神社の神使しんしは白ヘビじゃからな。ゆいっぺが見た白ヘビの夢について、タケミナカタさまがなにか知っているはずじゃ」


 神使というのは、神様の使者となる神聖な動物のことだ。


 入院中、「神様のお使いのウサギたちと小学生たちが仲良くなって、邪悪な神様を協力してやっつける」というファンタジー小説を読んだことがあるから、知ってる。


 こういうとき、たくさん読書していてよかったなぁと思うね。でも、ひとつだけわからないことがあったから、うららちゃんに聞いてみた。


「タケミナカタさまって、どんな神様なの?」


「オオクニヌシさまの息子じゃよ」


「……あのオオクニヌシさまの息子かぁ。ちゃんとした神様なのかなぁ~?」


 わたしが嫌な予感がしてそうつぶやくと、ハクトちゃんが「おい、こら! まるでオオクニヌシさまがちゃんとしていない神様みたいに言うな‼」とブチ切れて、わたしの足を踏んだ。


 い、痛い! シューズで足を踏まないでよぉ~! ていうか、部屋の中で土足はやめてってば‼


「ゆめみん。ワシはいまからタケミナカタさまにお告げをいただくために、眠らねばならぬ。そこで、ゆめみんに頼みがあるのじゃ」


「結衣ちゃんのためだし、わたしにできることならなんでもやるよ。でも、わたしに頼みってなに?」


膝枕ひざまくらをしてほしいのじゃ」


「へ? ひ、膝枕? なんで?」


 トートツに膝枕をしてくれと言われて、わたしは頭の上にたくさんの?マークを浮かばせた。


 恋人同士でもないのに……ていうか、女の子同士で、なんで膝枕をしなきゃいけないの⁉


「神々は用事があるときは勝手にワシの夢枕ゆめまくらにあらわれる。しかし、こちらがお告げをもらいたいときは、だれかに膝枕をしてもらって眠らないと、夢の中で神様に会えないのじゃ。しかも、寝心地ねごこちのいい、やわらかくてすべすべした膝が枕ではないと、ダメなのじゃ」


「な……なんで膝枕なの?」


「それはワシにもわからん。この力をさずかったときから、ずっとそうじゃったからなぁ。ただ、長年にわたってたくさんの人間に膝枕をしてもらってきたすえに、ひと目見ただけで『そのヒトの膝が寝心地がいいか』を見きわめる神眼しんがんを手に入れた」


 すごく嫌な神眼だ……。というか、膝を見ただけで、本当にそんなことわかるの?


「ゆめみんの膝を見たとき、ワシはおどろいたぞ。ゆめみんの膝は、千年に一度あらわれるかどうかわからぬほど極上ごくじょうの寝心地……まさにミラクル快適かいてき膝枕じゃ。ゆめみんの膝で寝たら、確実に神様のお告げを授かることができる!」


 うららちゃんはこぶしをふりあげ、鼻息はないきあらくわたしの膝について語った。


 そんな力説されても、ぜんぜんうれしくないんですけど……。


「相変わらず、膝枕の話をはじめると、うざったいやつね……」


 ハクトちゃんも、ドン引きしている。


 でも、わたしが膝枕をしてあげたら、うららちゃんがタケミナカタさまからお告げを授かることができるんだし……。


 結衣ちゃんのために、それぐらいやってみよう。本当は、ステキな彼氏ができたときに、大好きな彼に膝枕をしてあげたかったけど。


「い、いいよ……。うららちゃん、わたしの膝で眠って?」


「ふ……ふふふ。極上の膝枕……。ふへへ~」


「よだれをたらしてわたしの膝をさわっていないで、早く寝てちょーだい‼ ていうか、巫女のくせしてセクハラしないでよぉぉぉぉぉ‼」


 わたしは涙目なみだめで、そう絶叫ぜっきょうするのでした……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る