14 新たな敵、夢幻鬼ヒガン!

「ユメミぃ~、べんきょうかいはおわったばくぅ~? …………こいつ、だればく?」


 わたしが勉強会でがんばっているあいだ、夢の世界で遊んでいたバクくんが、ポン! と何もない空間からあらわれた。そして、わたしのひざまくらにしてすやすやと眠っているうららちゃんを見下ろし、困惑こんわくした表情でそう聞いてきた。


 そりゃぁ、困惑するよねぇ……。巫女みこのコスプレをした(本当の巫女らしいけど)正体不明の少女が、わたしの膝を枕にして寝てるんだもん。


「ええと……。この子は怪しい者ではなくてね」


「あやしさマックスばく」


 ですよねー。


 うららちゃんは神様のおげを聞く巫女だから、(いちおう)神様であるハクトちゃんとは面識めんしきがある。でも、夢の世界の鬼であるバクくんとは面識がないようだ。


「ゆめつげのみこぉ~? ひざまくらしてもらわないと、カミとあえないなんて、めんどくさいチカラばくぅ~」


 わたしがうららちゃんについて説明すると、バクくんはうさんくさそうな顔でうららちゃんの寝顔をにらんだ。


「バクでもユメミにひざまくらなんてしてもらったことないのに、むかつくばく。ぶつぶつ……」


「え? バクくん、いまなにか言った?」


「な、なんでもないばく! ……こいつ、いつまでねてるばく。さっさとおきて、ユメミのひざからはなれろばく!」


 ゲシ、ゲシとうららちゃんのお腹をるバクくん。


 お、女の子に乱暴らんぼうしたらダメだよぉ~!


「おい、こら! あほバク! 夢告げの巫女が途中とちゅうで起きたら、タケミナカタさまからのお告げが聞けないだろ! 邪魔じゃますんな!」


「なにを~! なまいきなウサギばく!」


「てめえ……あたしとやりあうってのか~⁉」


 ち、ちょっと~! バクくんとハクトちゃんったら、ケンカを始めないでよぉ~!


 うるさくしたら、うららちゃんが起きちゃうじゃん!


「……むにゃむにゃ……。はい、はい、わかりました、タケミナカタさま。なるほど、なるほど。むにゃむにゃ……」


「バクくん、ハクトちゃん。ちょっと静かに……。うららちゃんが寝言ねごとを言い始めたわ。きっと、タケミナカタさまからお告げをもらっているのよ」


 わたしが小声でそう言うと、ふたりは口を両手でおおい、だまりこんだ。


「むにゃむにゃ……。はぁ、ふぅん、なるほどぉ~」


 うららちゃんは、夢の中でタケミナカタさまと会話をしているようだ。寝言で「なるほど、なるほど」と言いながら、しきりに首をたてに動かしている。


 いったい、神様とどんなお話をしているんだろう……。


「なるほど……白ヘビが……むにゃむにゃ……」


「…………ご、ごくり」


「ああ、なるほど。……そうですよねぇ、他人のからげに勝手にレモンをかける人って嫌ですよねぇ。むにゃむにゃ……」


「…………から揚げ?」


「なるほど、なるほど。……たしかに、ワシも、銭湯せんとうでちゃんとかけ湯をせずに湯につかろうとするマナー違反者いはんしゃは許せません。むにゃむにゃ……」


「…………銭湯? かけ湯?」


「こいつ、ホントはぜんぜんかんけいないユメをみているんじゃないかばく?」


 うららちゃんのほっぺたをツンツンつつきながら、バクくんがそうつぶやく。


「どうしよう。一度、起こしたほうがいいのかしら?」


「いいえ、だいじょうぶよ。タケミナカタさまは、まじめな話をしているときでも、しょっちゅう脱線だっせんしてくだらない世間話せけんばなしをする神様だから」


「…………神様って、そういういい加減かげんなヒトたちばかりなの?」


 わたしがそう言うと、ハクトちゃんは無言で顔をそらすのだった……。






 それから10分後、うららちゃんは目をパチリと開いた。


「ゆめみん。タケミナカタさまからお話をうかがい、だいたいの事情がわかったぞ」


 よかった。ちゃんとお告げを聞くことができたのね。


 あの後も、うららちゃんは寝言で「たしかに、ミステリー小説の結末けつまつをネタバレするヒトとは本の話をしたくないですよねぇ~」とか言っていて、タケミナカタさま脱線しすぎだよぉ~! とわたしはやきもきしていたのだ。


「タケミナカタさまは、白ヘビの夢のこと、なにか知ってた?」


 わたしがそうたずねると、うららちゃんはねぼけまなこをごしごしこすりながら、「あの夢は、思っていたとおり、タケミナカタさまがゆいっぺに見せた霊夢れいむじゃったよ」と答えた。


「霊夢? なにそれ」


「霊夢とは、神々や仏が人間にありがたいお告げをくださるときの夢じゃ。ふつうの人間は、ワシみたいな夢告げの巫女のように夢の中で自由自在じゆうじざいに神々と会うことはできぬが、ごくまれに信心しんじん深い人間は神のお告げを夢で聞くことができるのじゃよ」


「へえ~、そうなんだ。そういえば、『二人同夢ふたりどうむ』も本当は神様が複数の人間に同時にお告げをあたえるための術だったなぁ……。夢って、ヒトと神様がつながることができる場所でもあるんだね」


「ゆいっぺは、毎日のように諏訪すわ神社にお参りし、弟の手術が成功しますようにといのった。それを見ていたタケミナカタさまは、『あなたの弟の手術は成功しますよ。安心しなさい』と伝えてあげるために、ゆいっぺの夢の中にご自身の神使しんしである白ヘビを送りこんだそうなのじゃ」


「そういうことだったんだ……。でも、夢でヘビがあらわれたら、女の子は不気味ぶきみがっちゃうよぉ~」


「タケミナカタさまは、『白ヘビは縁起えんぎのいい動物として昔から知られていたから、あんなに恐がられるとは思わなかった』と半泣きになっておられたのう」


 でも、現代っ子の女子中学生が「ヘビの夢を見た! やった! 縁起がいいぜ!」とはふつう思わないもんねぇ……。神様と現代っ子の感覚のちがいが生んだ悲劇だったかぁ~。


「じゃあ、やっぱり、結衣ちゃんが見た夢は、凶夢きょうむじゃなくて縁起のいい夢だったんだ……。夢占いのお兄さんは、結衣ちゃんをだましたの?」


「これもタケミナカタさまが教えてくださったことじゃが、ゆいっぺから夢を買い取った男は、おそらく、悪夢使いの夢幻鬼むげんきヒガンじゃ」


 夢幻鬼ヒガン? 前に戦ったスイレンっていう女の子の夢幻鬼とは別人?


「ユメミ。ヒガンは、ずるがしこくて、かなりたちのわるいやつばく。びょうきだったり、からだがよわったりしているニンゲンをターゲットにすることがおおいばく。ユメミも、ちゅうしゃきのユメでくるしめられたことがあるばく」


 えっ……。あの巨大注射器の悪夢って、そいつの仕業しわざだったの⁉


 ち、ちくしょう~! よくもあんなおぞましい夢を見せてくれたわね~!


「夢幻鬼ヒガンは、夢想力むそうりょくはスイレンよりおとるけど、バクと同じように、夢の世界からぬけだしてうつし世(現実世界)に姿すがたをあらわすことができる特殊能力とくしゅのうりょくを持っているわ。あいつなら、人間をだまして『夢買い』の取引とりひきができるわね……」


 ハクトちゃんが、深刻しんこくそうな顔でそう言う。


 う、うげぇ~……。 現実世界に出没しゅつぼつ可能かのうとか、本当にたちの悪そうな敵!


 そんなやつに現実世界でおそわれたら、どうしよう。わたし、現実世界ではただの無力な病弱美少女なのに……。


「つまり、夢幻鬼ヒガンは、結衣っていう子から吉夢を買い取り、彼女の弟の手術が成功するという運命をうばった。そして、結衣がその呪われたお守りを弟に渡したら、弟は呪われて、手術も失敗し、ひどい悪夢に苦しむ……というわけね。チッ、本当にたちの悪い夢幻鬼だわ!」


 苛立いらだったハクトちゃんが、ばふんばふんと床をむ。


 わたしだって、ハクトちゃんに負けないぐらい、怒っていた。だって、そんな卑劣ひれつな手を使って、わたしの大切なクラスメイトとその弟を苦しめようとするなんて、絶対に許せないもん!


 それに、病気で苦しんでいる子をさらに苦しめようとする悪逆非道あくぎゃくひどうな行ないは、個人的にとても腹が立つ。ずっと病気に悩まされていたわたしだからこそ、見すごせなかった。大地くんを病気から救いたいと強く思ったのだ。


「よ……よぉ~し! 今夜、夢幻鬼ヒガンをやっつけて、そいつから結衣ちゃんの夢を取りもどそう!」


「おっ、ユメミ。いつになくヤル気ね! ……でも、夢幻鬼ヒガンが夢の世界のどこにいるのかわからないのに、どうするつもり?」


「なに言ってるの、ハクトちゃん。夢殿ゆめどの(の模型もけい)で、一発で夢幻鬼ヒガンのところに行けるじゃない。夢殿(の模型)は、ヒトの髪の毛や持ち物を中に入れたら、そのヒトの夢の中に行けるんでしょ? わたしたちの手元には、ヒガンの持ち物だった呪われたお守りがあるじゃん」


「あっ……そうか! 今日のあんた、えてるわね。明日はどしゃぶりの雨かしら……」


「……ハクトちゃん、わたしのことをバカだと思ってるの?」


「ベツニソンナコト、オモッテナイヨ?」


 なんで片言かたことなのよ……。


「ゆめみん。夢幻鬼ヒガンとの戦いは、十分に気をつけるのじゃ。タケミナカタさまも、夢守ゆめもり少女のあなたを心配しておったぞ。あのずるがしこい夢幻鬼のことだから、なにか大きなたくらみがあるのかもしれないとな」


「大きなたくらみ……。わ、わかった。油断しないようにするよ」


 タケミナカタさま、たくさんアドバイスしてくれたのはうれしいけれど……。


 あれだけ話が脱線していて、よくそれだけの内容をうららちゃんに伝えられたね。

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