11 夢をさ迷う火の玉

 勉強会の前日、金曜日の夜。

 わたしは緊張のあまり、なかなか寝つけなかった。


 ようやく寝つくことができたのは、深夜0時半すぎだったと思う。


 眠りについたわたしは、夢の世界へゴー。


 実はね、最近、夢の中で「あっ、これは夢だ」とわかるの。しかも、夢だと気づいても、夢からさめない。夢守少女になった影響なのかな?


 で、夢の世界では必ずバクくんがそばにいて、だいたいは遊園地や公園、キレイなお花畑でふたり楽しく遊んでいるんだけど……。


「ユメミ。こんやのユメミのユメは、ちょっとヘンばく。なにか、おかしいことがおきそうなきがするばく」


 バクくんの言うとおり、なんだか変だなとわたしも思った。


 わたしたちがいるのは、キレイなお花畑……ではなく、どこかの山の中っぽい。


 遠くから、怒鳴り声や泣き声、たまに刃物と刃物がぶつかりあうようなキン、キーンという音も聞こえてくる。


 あの音はなに? 剣で、戦ってる音?


 周囲を見回しても、あやしげな紫色のきりがただよっていて、数歩先の視界すら不明瞭ふめいりょう


「これって、もしかして……悪夢?」


「う~ん……。じゃあくなけはいは、かんじないばく。でも、ちかくになにかいるのはたしかばく。ユメミ、きをつけるばく」


「気をつけろと言われても、こんなにも霧があったら何も見えないよぉ~。……ん? あそこに、ぼんやりとあかりが……。だれかいるのかしら?」


 夢の世界には、バクくんやヒカルさん、悪夢使いの夢幻鬼むげんきたち以外にも、いろんな夢の住人がいるらしいから、だれかがわたしの夢の中に迷いこんだのかな?


 わたしは、その光の正体を見きわめようと、じ~っと灯りを見つめた。


 灯りは、だんだんこっちに近づいて来る。しかも、よく見ると、灯りの他に、人間らしきシルエットも霧の向こうに……。


「あのよろいすがたのシルエットは……ヒカルさん⁉」


「え? あいつ、ユメミのユメのなかで、なにをやってるばく?」


 わたしとバクくんがおどろいていると、霧の向こうから、やっぱりヒカルさんがあらわれ、


「ユメミ! すまないが、ちょっとかくまってくれ!」


 と、わたしにたのんできた。


 ヒカルさんはかなりあせっているらしく、せっぱつまった口調くちょうだった。


 わたしは、自分の夢の中でヒカルさんと会えたことがうれしくて、


(はぁ~……。やっぱりイケメンは眼福だにゃぁ~。こういう素敵な彼氏とデートがしてみたいよぉ~……)


 と、あやうく妄想モードに入りかけたけれど、ヒカルさんがかなりシリアスモードだったから、あわてて妄想を打ち消した。


「か、かくまう? 何からですか?」


「オレを追って来る、火の玉からだ。何でもいいから、身をかくせるモノを出してくれないか?」


「火の玉って、こっちにやって来るあの灯りのことですか。……よく見ると、けっこう大きい。スイレンの火炎球の三倍ぐらいでかいかも」


「説明はあとでするから、頼む」


 身を隠せるモノ……身を隠せるモノ……。


 あっ、アレだ!


「えーいっ!」


 わたしは、木の模様もようせたぬのをポンと出した。


 え? そんな布を出してどうするのかって?


 これは、ほら、アレだよ。忍者たちが「忍法・隠れ身の術」を使うときの忍び道具!


「そんな古典的な方法でだいじょうぶだろうか……」


「一度でいいから、忍者みたいにこうやって木のふりをして隠れてみたかったんです。さあ、どうぞ!」


「う、う~む……」


 ヒカルさんは不安そうな顔をしていたけれど、火の玉はすぐそこまでせまって来ている。


「仕方ない。忍びの心得こころえはないが、ためしてみよう。君たちも、アレに見つかるとやっかいだから、隠れたほうがいい」


「はーい。忍法‼ 隠れ身の……」


「しっ! 声が大きい!」


「…………(小声でボソッと)忍法、隠れ身の術ぅ~」


 ヒカルさんとわたし、バクくんは近くの木に背中をあずけ、木の模様に似せた布で体をおおった。


 火の玉がわたしたちのそばにやって来たのは、そのすぐあとだった。


 布で顔をおおっているから、視界は真っ暗で、なにも見えない。でも、火の玉がわたしたちのすぐ横を通りすぎようとしているのはハッキリとわかった。


 火の玉がぼうぼうと燃えている音が聞こえるし、火が近くにあるせいかすごく熱かったのだ(夢の中なのに熱さを感じるって不思議!)。


 そして、なにより、


「ど……こ……? どこ……なの……。あ、あ……に……」


 という、かすかなうめき声が……。


 女性のものと思われるその声を聞いたわたしは、思わずブルルっと身をふるわせた。


 あの声は……火の玉の声?


 も、ももももしかして、幽霊ゆうれい? 夢の世界にも幽霊がいるの⁉


 ひ、ひぃぃぃぃぃぃ‼


 わたしは恐怖きょうふのあまり気絶きぜつ……はできないか。だって、ここは夢の中だし。本当のわたしはベッドで寝ているから、気絶しているようなものだし。


「……どうやら、行ったようだな」


 ヒカルさんが、ふぅと安堵あんどのため息をつき、布を体からどかす。


 わたしとバクくんも布から顔をひょこっと出した。


「ヒカルさんは、なんであの火の玉に追われていたんですか?」


「いや……。それがよくわからないんだ。もうずっと以前から、あの火の玉は夢の世界をふらふらとさ迷っているみたいで、オレと遭遇そうぐうすると、なぜかしつこく追いかけてきてくる」


「なんだか、ブツブツと言葉を話していたみたいですけど」


「オレも何度か、なぜ追いかけてくるのか聞こうと思い、あいつに近づこうとしたのだが……そばに近寄るとものすごく熱くてな。声をはっきり聞けるぐらい近づいたら、あいつの炎にたましいを焼かれて消滅してしまう恐れがある。だから、うかつに近づけないんだ」


「そういえば、近くを通りすぎただけでも、すっごく熱かった……。あれは、幽霊なんでしょうか?」


「あの世の人間が、家族や友達に夢の中で会うために、オオクニヌシさまの許可をもらって夢の世界にやって来ることはたまにある。しかし、ちゃんと生前の人間の姿すがたをしているし、あの世からの来訪者らいほうしゃであることがオレたち夢の住人にもひと目でわかるように、背中に『この人、死んでます』というはり紙をつけている。だから、あの火の玉は死者の魂ではないだろう」


「背中にそんなはり紙つけるなんて、なんかダサイ……。そのダサイきまり、オオクニヌシさまが考えたのかなぁ~」


「そこまではオレも知らない。オオクニヌシさまと直接会ったことがないから、オレが知っていることは夢の世界で聞きかじったことだけなんだ」


「こいつは、もともとニンゲンだから、ユメのセカイのことをくわしくはしらないばく! だから、バクのほうがずっとたよりになるばく! ユメミは、そいつばっかりにたよっていないで、もっとバクにたよるばく!」


 バクくんが、わたしとヒカルさんのあいだにって入り、キャンキャンとほえる(可愛い)。


「うんうん、バクくんのことも頼りに思ってるよぉ~♪」


 わたしは、ほっぺたをふくらませてヤキモチを焼いてくれるバクくんの頭をなでなでしながら、にへら~とほほえむ。


 でも、バクくんのさっきの言葉で、ヒカルさんに前から聞いてみたいと考えていたあることを思い出した。


「そういえば、ヒカルさん」


「また、リンゲツテンコウにきくぅ~‼ バクにしつもんしろばくぅ~‼」


「ヒカルさんは、どうやってふつうの人間から夢の世界の鬼になったんですか?」


「……それは、リンゲツテンコウほんにんしかわからないばくぅ……。しょぼ~ん……」


 がっくりとうなだれるバクくん(可愛い)。


 ヒカルさんは……聞かれたくないことだったのか、ほんの一瞬いっしゅん、暗い顔になった。


 でも、すぐにいつもの冷静で大人びた表情にもどり、


「オレは、大昔にいくさで死んだ。そして、なぜかあの世に行かず、夢の世界の鬼になってしまった」


 ポツリとそう言うと、かすみが消えるようにわたしたちの前から姿を消してしまった。


 え? 戦争で死んだ……?


 そういえば、ヒカルさんは武士の鎧を着ている。


 ヒカルさんはサムライ……つまり、わたしが生きている時代よりもずっと昔の人だったんだ……。

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