第2話 血と知の授与

世界は壊れかけている―

夜中になっても外の声は止むことは無い。

何かが呻く声と、誰かの悲鳴が外から中へと響き渡る。


今日誰かが為す術もなく朽(く)ちていく―

僕には朽ちた人間の恐怖を知る事が出来る。

見ることが出来る。触る事が出来る。


今日の夜は―

特に騒がしい…

悲鳴、呻(うめ)き、狂喜(きょうき)、沈黙(ちんもく)、全てが外で起こっている。


直に僕も外の人間の心を理解する事だろう

。死が迫っているのを、音で、声で、勘で、感じてしまう…

本当に…何でも無い人生だったな…

1人の少年はカーテンの隙間をずっと見つめていた。


高校生の春の事だった―

友達とただ遊んでいただけだった。

スポーツである。確かに動けば多少は身体がバクバクするであろう。しかし僕はその比では無かったのだ。

世界が揺れる感じ、殴られた後の様な感じ、嘘がバレそうな感じ、人の前で話す感時じ、全力で走った感じ


血が疼(うず)き出すような感じ―


気がつけば周りは深刻そうな顔をしている。

手を握っている人がいたり、ハンカチで目を隠している人がいたり、泣きわめいてる人がいたり…

訳の分からない事が次々と起こったのだ。


『BLOOD』―


これが僕の病気

治療不可能。非感染型。

病状は、「いつかどこかの部位から血が膨張して身体事、爆弾するでしょう…」らしい。

入院してから半年

最近は1日の中で2,3回血流に異状が出る。

この症状が出たら死の寸前の合図らしい。

そう…僕は死ぬのだ。


今日も死を覚悟して1日を過ごした。


そして今に至る。

夜の病院―

入口は何かに叩かれている。何度も何度も…

しかし対応する人がいない。それは先ほど殺されたからだ。『BLOOD』の感染型の『ゾンビ』達に…

数がいる中、少数の『ゾンビ』は侵入に成功している。理由は母さんが死んだからだ。

『ゾンビ』の事を知らせに来たのだろう。

何度もノックしていた。ドアを開けようとした時、声とノックが消えた。それと同時に呻きが真近で聞こえた。

必死にドアの鍵を閉め、今―


この部屋で一人である。暗い部屋の中、カーテンから差し込む光で何とか自分が見れる。

先程から鼓動が止まらない。とっくに死ぬ覚悟はしていた筈なのに、身体が心と反対の事をしている。

ドアに亀裂(きれつ)が少し入る。

『ゾンビ』がドアに集まって来たのだろう。

そろそろ死ぬ時だ…

「母さん…今行くね」


そう言って目を閉じた。

何も抗う事もせず、笑顔で、上で見ている母に悲しい思いをさせないようにと…


「起きて」

瞬間、あまりにも突然で、短い言葉が聞こえた。

僕はそっと目を開けた。


そこには赤髪の女の子がいた―

貴族の様な服を着ている。黒色の服で、可憐な感じがする。

僕の手をそっと暖かく握ってくれている。

彼女は僕を真っ直ぐに見つめる。

「これから行う事、これから貴方に授けるものは『希望』…自分の気持ちを信じて走って…」

「な…何を―」


暖かく柔らかい感触が唇に当たる。

「んグッ―」

よく見るとそれは―


キスだった。目の前の女の子と初対面でキスされた。でも何かいやらしい意味のキスじゃない感じがした…

何かを託された感じ、悲しみがある中何かを託した感じ―


長く感じだキスが終わる。

「貴方は『希望』、自分の心を信じて。そして他者の気持ちを感じて上げて…」

「何を言ってるんだ?!全然理解出来ない!」

つい叫んでしまった。覚悟した『死』への緊張が溶けたせいなのかもしれない…

「ごめん…今、貴方とゆっくりは話せない。

だから…生きるの…」

「え…?でもこんな『ゾンビ』の中―」

「信じて…この病院から『逃げる』って思いを強く持って…」

女の子は僕の手を握って窓を開ける。僕は女の子に連れていかれる形である。

「一体何を…」

「これから起こる事に恐れないで…立ち向かうの…分かった?」

「え…?立ち向かう…」

何かに怖がる僕に、女の子は笑ってこう言った。

「1人じゃないよ…」


瞬間、僕は病院のベランダから吹っ飛んだ。

物凄い勢いで。前には女の子がいる。下は大量の『ゾンビ』でいっぱいだ。


長い時間浮遊して、廃ビルの入口に着いた。しかし女の子は居なかった…

僕1人だけ…

「こ…ここで避難を―」

廃ビルに足を踏み入れようとした時、さっきの言葉を思い出す。

「『立ち向かう』…」

避難の一択で考えていた僕に、もう一つの選択肢が出てきた。


「こんな所で止まってらんない…」

ウィウルスでもう死んでもいい時間の筈なのに死んでいない。逆に謎の力が湧いてくる感じがあった。


「逃げ切ってやる―!」


僕、村上 柊(むらかみ しゅう)は殻に閉じこもる事を拒否したのだった。



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