第29話 狐

 仕事場でのことだ。

 話の流れから、『怖い話』になった。

 幽霊や、怪奇現象。心霊写真の話になったのだが。


「狐が、怖いですね」

 元教員のMさんはそう言って苦笑いした。


「そうですか?」

 実家に稲荷がある私は返す。Mさんは表情を崩さないまま、カウンター越しに私を見た。


「児童がたまぁに、するんですよ。コックリさん。あれ、大変で……」

「どう大変なんですか?」

 思わず身を乗り出すと、Mさんは目を瞬かせた。「興味あるんですか、こんな話」と顔をしかめたが、話してくれた。


「……学校って、いろいろ験担ぎみたいなのがあってね。たとえば、プール開きする前は、うちの小学校だと、必ず、盛り塩とお神酒を供えてましたね。運動会の前には校門に盛り塩をしたり」


 Mさんが定年を迎えた小学校は、各学年にクラスがひとつしかない小さな学校だったという。


 町自体も小さく、「町民より鹿の数の方が多いんじゃないか」と近隣市町から揶揄られているところだった。


 一体、いつの校長から始まったのか、その小学校にはいろんな儀式めいたことが残っていたそうだ。


「だけどねぇ」

 Mさんは小さく声を立てて笑う。


「狐は、だめだね」

「どう、だめです?」


「狐は、怖いよ」

 Mさんはそう言うだけで、詳しく語ろうとはしてくれない。少し残念に思っていたら、隣に座っていたNさんが、陽気に笑った。


「狐はいろいろおるからな。ええやつもおるで」

 そんなことを言いだした。


「どういうことです?」

 尋ねる私とMさんに、Nさんが語ってくれた。


 Nさんは八〇代の男性だが。

 彼がまだ子どもの頃、近所に『狐の口寄せ』をする家があったらしい。


 夫婦で『狐の口寄せ』を行っており、その口寄せの様子は一般に公開されていたのだそうだ。


「今日、何時ごろから誰々さんが依頼して『口寄せ』をしてもらうから、見にいかへんか?」

 そんな風に上級生に誘われて、Nさんは何度も『口寄せ』の様子を見たらしい。


 その『狐の口寄せ』はどのように行われるかと言うと、に狐を降ろすのだそうだ。


 何度も確認したが、「奥さんが旦那に狐を寄せるねん」とおっしゃっていた。


 降りる狐も決まっていて、数頭いるのだそうだ。

 Nさんが覚えている狐は、「○○橋の下に住む○○」という狐だった。

 一頭ずつ、住んでいる場所と名前が違うらしく、個性もあるそうだ。

 

 ただ、共通するのは、最初に供物を要求すること、らしい。


 夫に降りた狐は名乗りを上げると、次に妻に対して、「まず供物として○○を寄越せ」という。Nさんいわく、油揚げが多かったが、生魚や聞いて驚くようなモノも所望したらしい。見ていた人は、「明日、あの旦那さん、腹壊すな」と笑っていたという。


 そして、供物を手に入れると、依頼者の問いかけに対して返答をするのだが。

 その返答にも個性があるのだという。

 はっきり、あっさり答えて消える狐もいれば、だらだらずるずると供物をねだる狐もおり、見ている周囲の人間も「またあの○○狐が、しょうもないこと言うとるわ」と顔をしかめたりするらしい。


 そして。

 その性悪な狐が降りた時は、帰宅する時も注意が必要なのだそうだ。


「憑いてくるねんなぁ、性格の悪い狐は」

Nさんは両手を犬かきするように動かす。

「狐の口寄せを見て、帰りよったら、ひたひたひたひた、っと足音がするねん。仲間と一緒に走って帰ったりしたわ」


 感心しきりで聴いた後、「ちなみにその口寄せの家。今はどうなってますか」と尋ねてみた。

「夫婦が死んでな。土地も家も売りに出されたねん。あの人ら、なーんも知らんとあそこ買うたんやろうなあ。それとも、知ってて買うたんやろか」


 現在その家がどうなっているのかをここに書くことは控えるが。


 意外なモノに、なっている。

 狐たちは『口寄せ』されてその家に来ていただけのようだからいいのかもしれないが。


 もし、その土地に住んでいた狐がいるとしたら。

 共存、できるのだろうかとふと思った。

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