第26話 おばあちゃん
C君は、言う。
「俺、小さな頃は幽霊が見えたんっすよ」
私はそんな彼に尋ねた。
「どんなふうに? やっぱり、透き通って見えたり、足が無かったりするの?」
「いや、普通、っすね」
C君が言うには、遠目には生きている人間と変わらない姿をしているのだという。
だが。
いざ、近寄ってみると、ものすごく『ぼやける』のだそうだ。
「目を凝らさないと近くでは見えないんですよ。『視にくいな』と思った人は、大概幽霊ですね。俺以外、その人が視えてないことが多かったんで」
C君は最初、世間の皆も同じ様に見えているのだろうと思ったが、どうにも両親との会話がかみ合わない。挙句の果てには、母親から「気味が悪いからそういう事を言うのをやめなさい」と叱られた。
どうやら、『生きてない人間が視えるのは自分だけらしい』。
C君はそのことに気づいてからは、自分が視たものについて語ることをやめたという。単純に煩わしかったのだそうだ。奇異な目で見られるのも、説明するのも。
そんなC君は、小さな頃は「おばあちゃん子」だったらしい。
両親に叱られた、近所の子とケンカした、学校で嫌な事があった。
そんな日は、家にいるおばあちゃんに愚痴を言い、時には声を荒げて鬱憤を晴らしたりするのだが、おばあちゃんはいつも宥めるように微笑んで見守ってくれていたのだという。
そんなおばあちゃんは、C君の家にずっと居た。
C君が家を出るときは見送り、帰宅すると一番に出迎えてくれた。
「同居?」
そう尋ねると、C君は苦笑いをする。「ま、そんなもんかな」と笑った後、私に告げた。
「ばあちゃん。近くで見ると、『ぼやける』んすよね」
その一言で、お祖母ちゃんがすでに鬼籍に入った方だと気づいた。
「母方の祖父母は生きてるんで……。父親に、『俺のばあちゃん、どんな人だった?』って尋ねたら、『お前が生れるのを心待ちにしていたよ』って答えてくれて……」
C君はそれで納得をしたらしい。
だから、死してもなお、C君のことを心にかけて、この世界に留まってくれているのだろう、と。
実際は生きて会うことは叶わなかったが、こうやって見守ってくれているのだ、と。
お父さんは写真を引っ張り出して、お祖母ちゃんの姿を見せてくれるが、どれも『若い頃の』おばあちゃんだったという。
「亡くなる年ぐらいの写真はないの?」
お父さんに尋ねると、お父さんは顔をしかめた。
「年をとってからは、写真を撮られることを極端に嫌ったからなぁ」
遺影の写真に苦労したのだそうだ。結局、比較的に年が近い頃の写真を合成し、老けさせてみたのだが、あまり似ていなかった、という。
そんなある年の法事の席のことだ。
親戚一同が集まり、会食をしていた折、おばあちゃんの話で盛り上がったのだという。
思わず吹き出すようなエピソードや、その豪胆さに驚くようなエピソードが親戚たちの口にのぼり、C君は興味深く聞いていた。
C君も、生きている頃のおばあちゃんは良くわからないが、家にいるおばあちゃんの姿なら毎日見ている。
ただ。
その、エピソードのすべてが、家で毎日見ているおばあちゃんにそぐわない気がした。
親戚たちが語る「おばあちゃん」は、どうも、豪放磊落で、男勝り。肝っ玉かあちゃんを地で行くような人だった。
「……おばあちゃんって、髪の毛を後ろでひとつに束ねてたよね」
おそるおそる、C君は隣席の叔父に尋ねた。
叔父は笑って首を横に振る。
「あの母さんが、髪なんか伸ばすもんか。かりあげだったよな、かりあげ」
「そうそう! 自分でバリカンでこう……」
向かいの席の叔父が手振りでしめし、場はまた爆笑に包まれるが、C君だけが唖然と目を見開く。
「……え? こう。和服着てる人じゃないの? 頭の後ろで髪の毛をお団子にしててさ。いつもちょっと口角が上がってるから、笑い皺みたいなのがここに出来てて……」
C君はいつも見ているおばあちゃんの姿を語るのだが。
親戚たちは顔を見合わせ、首をひねる。
父親が不思議そうにC君に言ったそうだ。
「それは、誰だ」
と。
「俺が大学生の頃にはもう、幽霊が視えなくなってたけど。あの、おばあちゃん。ずっと家にいましたよ」
笑いながらC君は言う。「今でもいるかもしれません」と。
「気味悪くないの? 他人でしょう?」
「だって、本当によくしてもらったおばあちゃんだから」
C君は肩を竦める。
「実際、誰だかよくわかんないけど。俺にとっちゃ、誰よりも優しくて、身近なおばあちゃんでした」
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