第25話 火の玉

 別部署のKさんに、昼食時にお会いした。


 お互いなんとなく話題がなく、無言が気詰まりだったので、「実話系で、何か怖い話はありませんか」と尋ねたところ、申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「すいません。思いつかないんですけど……」

 その様子に、返ってこちらが恐縮した。最近は場を持たせたり、ネタの一つのつもりで「何か怖い話はありませんか」と尋ねてしまうので、不快な気持ちにさせたかな、と反省したのだが。


「火の玉ぐらいしか」

 といわれて、謝罪の言葉を飲み込んだ。


「……火の玉?」

 思わず問い返すと、相変わらず済まなそうな顔でKさんは頷く。上目づかいに、「珍しくないでしょう?」と言うから、慌てて首を横に振った。


「珍しいです。ってか、珍しくないぐらい、見かけるんですか?」

 そう言うと、Kさんはきょとんとしたように首を縦に振った。


 Kさんが住んでいる地区には、夜間、普通に火の玉が現れるという。


 Kさんは生まれてからずっと、とある地区に住んでいる。結婚し、子育て中だが、Kさんの実家の敷地内に家を建てたので、他の地に住んだことがないという。


 Kさんが住む場所。

 そこはいわゆる城下町だ。


 私の住んでいる町とは違う市だが、Kさんの住所を聞けば「……先祖は名のある方ですか」と尋ねたくなる場所である。


 しかも、その歴史は古い。

 はっきり書いてしまえば場所が特定されるので書けないのだが……。

 『日本書紀』にまでその記録はさかのぼる。


 その地は。

 なんども戦乱に呑まれた地でもあった。

 時代によっては、血なまぐさい闘争や権力による術謀が行われた場所でもある。


 だから。

 火の玉が飛び交っても、その土地の人は結構あっけらかんとしているのだそうだ。

 昔、この地で亡くなったどなかたなのだろう、と。


「火の玉見たら、どうしてるんですか?」

 不思議に思ってそう尋ねる。お浄めの塩とか撒いたり、南無阿弥陀仏とか唱えたりするのだろうか、と純粋に不思議だった。


「『なんだすいな(意味:どうしたんですか)。もう今は、なぁんも戦争はあらしまへんで』、って言います」

 Kさんはあっさり答えた。


「それでも消えなかったら、『悔しかったんですなぁ、辛かったですなぁ』、って言えば普通に消えますかね……」

「……へぇ」


「ってか、本当に時期によったら良く出るので……。あんまり、珍しくも怖くも……」


 Kさんはそう言った後、やっぱり申し訳なさそうに、「お役に立ちましたかね」と首を傾げた。

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