第24話 二段ベッド
友人は、医療事務をしている。
そこの病院の医師であるEさんとは、市民マラソンに出場する仲間だ。
今回は、そのEさんが友人に語った話を披露しよう。
Eさんがまだ医学生だった頃の話だ。
Eさんは入学と同時に寮に入った。
2人部屋だったという。
家賃は安いし、間取りも問題は無い。そしてルームメイトも気安い男だった。
寮らしい上下関係は多少あったものの、体育会系のような妙な息苦しさは無い。むしろ、適切な関係性だった。
だが。
入居者が少ない。
Eさんは、それを「今の時代、寮なんて敬遠されるのだろう」と思っていたのだそうだ。
大学の近辺には学生を対象にしたワンルームマンションはたくさんある。
なにも古びた上にシェアルームが前提の学生寮になど誰も希望しないのだ。
そう思っていたのだが。
「そこ、出るだろ?」
入学し、数ヶ月もすれば友人と呼べる間柄の学生も出てくる。
その、学生のひとりが、Eさんいそう言ったという。
「出る?」
問い返すと、別の学生が「よせよ」と目で制した。学生は肩を竦めて口をつぐむが、Eさんは促し、内容を聞き出した。
いわく。
学生寮の真下には、墓地があったらしい。
いわく。
学生寮には、学生ではない、何かが居る。
いわく。
寝ていると不思議な気配に襲われる。
「墓地、ねぇ」
Eさんは首を傾げた。
そんな痕跡はどこにもない。
碑が立っているわけでもなく、寮周辺に墓地があるわけでもない。
ただ、学校等を建設しようとした場合、その値段の安さから元墓地であったところを更地にして使うのだ、とは良く聞く話だ。
――― まぁ、だからといって……
Eさんは苦笑した。友人をみやり、肩をすくめて見せる。
「もし、墓地だったとしても、今のところ寮内で学生以外の人間にあったことはないよ」
そう告げると、友人たちは口々に「だよな」「あたりまえだよ」と笑って、あっさりこの話は流れたのだという。
さて。
不思議な事と言えば、Eさんは部屋にあるベッドの台数が不思議だったという。
Eさんたちの部屋にあるベッドは二段ベッドだった。
それが。
三台ある。
普通に考えれば、『二段』ベッドで、『二人部屋』なのだ。
一台あれば十分であるはずなのに。
Eさんたちの部屋には、『二段ベットが三台』あった。
Eさんは向かって左側の二段ベットを。ルームメイトは向かって右側の二段ベットを、一人で使っていた。真ん中の二段ベットは空けていたらしい。
ある日。
Eさんがベットで寝ていた時のことだ。
二段ベットにはカーテンがついていて、Eさんは壁を背に、カーテンに顔を向けて眠っていたらしい。同居人はまだ帰室しておらず、部屋の灯はつけたままだったそうだ。
うとうとと微睡み始めた頃。
壁越しに甲高い子どのの声がいくつも聞こえてきたのだそうだ。
――― うるさいな
聞えた当初は不機嫌になってそう思ったが、すぐにその異質さに気づく。
聞こえてくるのは、子どもの声、なのだ。
ここは学生寮だ。
子どもなど、いるはずがない。
咄嗟に、起きようとしたらしい。
だが。体どころか瞼さえ開かない。
次第に。
複数の子どもの声が大きくなる。いや、近づいてくるのだ、と分かった。
もう。
背にしている壁に直接口を当てて何か喚いているような振動さえ伝わってくる。
なんとかみじろぎしようとするが、それもままならない。
Eさんは脂汗を額に滲ませながら、なんとかこの状況を打破しようとするが、声は近づき、身体は動かない。
ふと。
首を、何かに撫でられた。
冷たい、指だったという。
なによりぞっとしたのは、その撫でる指の腹が小さいことだ。
――― 大人じゃない……
その指は首を撫で、それから徐々に質量を持ち始めたかのように首を押す。
押す、というより。
背後から絡みつこうとしている。
恐慌状態になりかけたEさんの耳に、突如「おいっ」という大声が飛び込み、Eさんは悲鳴を上げて飛び起きた。
「……大丈夫か?」
カーテンを開き、覗き込んでいるのは同室の男だった。
部屋に戻ってきたら、うめき声が聞こえ、心配でカーテンを開いたのだそうだ。
「……夢かもしれないけど……」
Eさんは額の汗をぬぐいながら、ことの顛末をルームメイトに伝えた。
「その後、寮から出たんですか?」
友人がいまや医師となったEさんに尋ねる。
「まさか。そんな金、ないもん」
あっさりそんな返答を口にするから呆気にとられたらしい。
「ルームメイトと話し合って、俺が幽霊を見た二段ベットは使わないでおこう、ってなって……。ベッドを変えたら、子どもの騒ぎ声も首絞められることもなくなったな」
E医師は、からからと笑った。
「今もあの部屋に二段ベットはあるとおもうよ。三台」
E医師は友人に三本の指を立てて示して見せたらしい。
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