第22話 村の道2
『狐に化かされる道』の話を友人にしたときだ。
「道と言えば、私も最近おもしろい話を聞いたで」
友人Aは私にひとつ、その「おもしろい話」を披露してくれた。
以下、友人Aのはなしである。
Aが住んでいる場所は、私が住んでいる所よりももっと田舎だ。
地元の若い人間は都市部に出て行くばかりで、村にいるのは高齢者か、田舎に憧れを抱いた移住者のみ。
そんな状況の中、Aはというと、「嫁いで」その田舎にやってきた人間だった。
その地区には200世帯ほどが住んでおり、校区内では比較的大きな『地区』なのだそうだ。
村の中心には平屋の公会堂があり、公会堂側には廃線となって数十年が経つバスの停留所がある。その停留所の近くでは今でも雑貨屋があって、駄菓子から布団まで幅広く販売しているのだそうだ。
その、村の中心部が。
四つ辻になっている。
バスの停留所があったあたりだ。
Aのこどもは幼稚園児で、「買い物」の練習を兼ね、日を決めて村唯一の「お店」に通っていた。
その日も、Aのこどもは、雑貨屋で駄菓子をみつくろい、Aからお金を受け取って店主に支払った。商品を受け取り、「ありがとう」とこどもは店主に言った。
店主が笑顔で応じ、それからAに話しかけた。Aも世間話程度にそれにつきあっていると、背後で、がらりと店の戸が開く音がする。慌てて振り返ると、こどもが勢いよく店から飛び出したところだった。
店主への挨拶もそこそこに店を出ると、四つ辻のあたりで、高齢者の男性が、Aのこどもを引きとめていてくれた。
「ここ、見通しが悪いでな。飛び出したらあかんで」
こどもにそう言い聞かせてくれていたのは、近所のBだ。もう、八〇代後半の男性だが、腰も曲がらず、今でも自転車に乗って畑に通う、かくしゃくとした方だった。
「ありがとうございました。助かりました」
Aが礼を言うと、つかんでいたこどもの手を離し、Bは頷いた。
「よぅ、事故があるから、ここ。気をつけや」
Aはうなずき、子どもと手をつなぐ。Bにたしなめられたことが効いたのか、こどもは大人しくAの隣に立った。
「カーブミラーもな。あるんやけど、倒れたりしてなぁ」
Bが言い、指をさす方を見ると、確かにカーブミラーはあるが、微妙に傾いでいる。
「車がぶつかったんですか?」
不思議に思ってAが言うと、Bは曖昧に首を縦に振った。
「車がぶつかったり、台風の大風でゆがんだり、なんかしらんけど、根元が腐食して折れたりな」
Bはため息をついてAを見る。
「昔は、祠があったんや、ここに」
「祠?」
Aはおうむ返しに問い、ふと「道祖神ですか?」と尋ねた。Aも私と同様「怪談」や「古い話」に目が無い。四つ辻に置かれた祠、と聞いて道祖神か境の神を想像したらしい。
「なんや知らん。石仏さんやったわ。木の祠に入ってな」
Aの食いつきが意外だったのか、Bはたどたどしく答える。
「どんな石仏でした? 二つの神様が並んで立っているような、そんな彫り物ではありませんでしたか?」
Aが尋ねるが、Bは「知らん。石仏や」と首を横に振る。
「この四つ辻は昔から縁起が悪くてな。石仏を安置して、ほんで世話をする家を決めたらしいわ」
「世話をする家? 村の人、みんなで世話をしないんですか」
Aは驚いてBに尋ねた。
公会堂もゴミ当番も、村に住んでいたら当番が回ってくる。縁起が悪い場所に設置した石仏なら、村の皆が掃除をしたり花をあげたりするものだと思っていた。
「世話をする家は一軒や。あんたの舅さんにでも聞いたら、その家を教えてくれるわ」
Bにそう言われたが、Aは曖昧に頷いた。いくらなんでも舅に「その家はどこですか。詳しく話が聴きたいです」とは言えない。
「でも、いまその祠はどこに?」
Aは疑問に思ったことを尋ねた。よく考えたらその祠は今ない。
「別のところに移動した」
Bはそう言い、場所を教えてくれる。Aは「ああ」と頷いた。それなら見たことがある。村のはずれだ。というより、まさに隣地区との「境」にそれはある。
区画整理され、大きな新しい道路がどん、と通った側の用水路脇に、その祠はあった。
紫陽花の低木に囲まれ、一見朽ちたようにみえるが、瓦屋根つきのちゃんとした祠だ。
用水路の側にあるし、なんだか奇妙な場所にあるなぁ、と思っていたが、それが移転された祠のようだった。
「どうしてあそこに?」
Aが尋ねると、Bは渋い顔をした。
「わしが言うた、言うなよ」
そんなことを言う。Aはきょとんとしたものの、首を縦に振った。
「新しい道路が出来とるやろ、あそこ」
「ええ」
「その道路との兼ね合いでな、あの周辺、田んぼが埋められたり立ち退きがあったりしたんや」
「そうなんですってね」
「ほんでな、あそこは普段、
「普段、
Aは眉根を寄せる。
なんだろう。
緊急時に使う道、なのだろうか。
普段使えない、というと。いつ使う道なのだろうか。
「祭りの時だけ、神輿が神社から来るために通る畦道があるんや」
Bはそう言い、白いものの混じった無精ひげを、節くれだった指で撫でる。
「もう、そんなん知ってるのは村でも少ないわ。だけど、わしらが小さい頃は、あの畦道を通ることは、ほんまに禁止されてた。田んぼにも近寄るな、言われてな。通ってええのは、○地区(隣地区)の神輿の担ぎ手と神輿だけ。ほんで、今、祠のあるところで、神輿の担ぎ手を変えるんや。〇地区の者から、うちの村の者にな」
「……その道が、舗装されて、今は普通に誰もが使ってる、ってことですか?」
Aが尋ねると、Bは「まぁな」と頷いた。
「通ってくるのが、神様とか普通の人間とか……。そんなんやったらええねんけどな」
Bは苦笑いした。「なにが来るかわからへんやん」と。
だから。
村の四つ辻に置いていた祠を移動させ、隣村からの境に設置し直したのだそうだ。
後日。
Aは祠に行き、中を覗いて見たそうだ。
「あんた、ようやるな!」
驚いて私がAに言うと、Aは口を尖らせて私を見やる。
「そやかて、気になるやん。まぁ、道祖神かなとは思ってたんやけど」
「道祖神やったん?」
「いや、それがなぁ」
Aが言うには。
紫陽花の葉に埋もれるようにしてあった祠の中には。
なにも。
入っていなかった、という。
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