第21話 村の道

 この話は、数か月前に『近況ノート』にも書いた話にまつわるものだ。


 出勤途中、局地的な濃霧に出会った。


 私が住んでいる場所は山が近いので、霧や急な風の吹きおろしがきたりするのだが、このときの霧は稀に見る濃さだった。


 山から雲が垂れさがるようにして白い霧が立ち込め、その数メートルの間だけ、全方向が『真っ白』状態。

 ただし、その空間から出たら普通に視界が晴れるので、本当に異世界の入り口みたいだった。何回か、霧の中に入ったり出たりして、意外に面白かった。


 あとで聞いたのだが。

 あの場所は、昔『狐に化かされる』ことで有名な場所だったようだ。


 今では道を挟んで北側は住宅街。南側は水源地がある場所なのだが。

 戦時中、南側は全部竹藪だったらしい。

 北側の住宅地も、昔はほとんどが田んぼだったそうだ。

 そんな、竹藪と田んぼが広がる、舗装されていない道は、村の中心地に通じる道でもある。


 そして。

 『狐に化かされた』証言が多数でた道でもあった。


 例えば。

 とある女学生は、夜遅くにこの道を通って帰ろうとしたら、一本道のはずなのに必ず『湾曲した道』が出てくる。おかしい。そう思って進むが、一向に『見覚えのある道』に出ない。仕方なく今度は反対向いて進むのだが、今度は、さっき見たはずの『湾曲した道』が出てこない。

 怖くなって、わんわん泣いているところを近所の人に助けられた、とか。


 町まで仕事に行き、歩いてこの道を帰宅途中の若い女性の後を、ずっと誰かがついてくる。

 振り返ると、二人の人影が夜闇の中でもはっきり見えた。ふたつの人影は談笑しているようで、女性は「……友達同士なのだろう」と思って歩くのだけど、とにかく、ずっと後ろをついてくる。


 そして気づいた。

 何故、村につかないのか、と。


 女性は二人の人影を感じながらも、村へ続くはずの一本道をずっと歩いていた。


 もう。

 ついてもいいはずなのに。

 村につかない。


 気付いた瞬間。

 距離を保っていたはずの人影の声が、すぐ背後でやけに大きく聞こえ、女性は悲鳴を上げた。

 泣きだしながら必死に走り、転倒したところを。

 近所の人に声をかけられて我に返った。


 そんな。

 エピソードの多いところだったらしい。


 地理的なことや天候に左右される場所なのかもしれないけれど。

 時代が時代であれば、私もひょっとしたら「狐に化かされた」話として、例の霧の物語を誰かに語っていたかもしれない。



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