第19話 墓場
Aさんは、娘さんの新居に招かれた。
娘さんの指定する日に訪問すると、Aさんだけではなく、娘婿のご両親も来ていた。
Aさんの娘さんはその義両親への接待に忙しく、婿もAさんに気遣う訳ではなかったので、なんとなく居心地が悪かったのだという。
だから。
3歳になる孫の世話を買って出た。
「少し近所を散歩して来ていい?」
Aさんが娘さんに尋ねると、迷いなく「お願い」と言われた。義両親のお茶の世話をするには、足元でまとわりつく幼児がわずらわしかったのだろう。
Aさんは3歳の孫と手をつなぎ、新居を出た。
娘さんと婿さんが購入した家というのは、新興住宅街ではなく、昔ながらの家が続く場所にあった。随分と歴史が古そうだが、Aさんは特に興味もなく、周辺を孫と歩き回る。
そんな時。
ふと、大きな石柱が目に入った。
背伸びをして見やると、その突き出た石柱を中心に、ブロック塀が張り巡らされ、その周辺だけ家が無い。
――― 公園だろうか
だったら、孫を遊ばせよう。
そう思ってAさんは石柱に向かって歩く。
そして。
気付く。
石柱ではなかった。
それは、大きな細長い観音様の石仏だったのだ。
Aさんが見たのは背中だったようで、光背を石碑かなにかに見間違えたらしい。
――― 墓地……? こんな住宅街の真ん中に?
訝しく思ったものの、入り口らしい場所には六地蔵が並び、中央にはその大きな石の観音様が立っている。その観音様を中心に草の生えた空間があり、周辺には墓石が並ぶ。まぎれもない墓地だ。
だけど。
墓地の中央が広場になっているのは確かだった。
観音様が真ん中にいる空き地には、たんぽぽやレンゲが咲き、シロツメクサが伸びている。しかも、Aさんがみたこともない大きさの花だ。
――― 空き地……、なのかしら
入口に立って墓場を見ていたら、急に孫が手を引いて墓地に入ろうとする。
「どうしたの?」
そう声をかけると、「三輪車」と答えた。
「三輪車?」
おうむ返しに尋ね返すと、きぃきぃとペダルを漕ぐような音が聞こえてくる。
Aさんは音の方に首をねじった。
墓地の広場には、青い三輪車を漕いだ、孫と同じ年ぐらいの男の子がいる。
「三輪車」
孫ははしゃぎ、Aさんの手を引いて墓地に入った。
――― 墓地の中で……、遊んでも、いいのかしら……
不安を覚えながらも、Aさんは孫に手を引かれてその男の子の側に近づいた。
「貸して」
孫は遠慮なく男の子に言う。「いいよ」。男の子はあっさりと三輪車を降りた。孫は喜んでその三輪車に乗り、Aさんはその男の子に、「ありがとう」と礼を言った。
「お礼におばさん。花冠を作ってあげるわ」
男の子に花冠は変だろうか、と思ったが、男の子が首を傾げるので、Aさんは墓地の広場に咲いているれんげやシロツメクサ、たんぽぽを使って花冠を手早く作った。
男の子はその花冠をいたく気に入り、頭にかぶって見せる。喜ぶその姿に、Aさんはほっとした。
その後、いくつかAさんはその男の子とたわいもない会話をし、それから孫に声をかける。
「そろそろ帰るわよ」
孫は十分堪能したのか、素直に三輪車から降り、男の子に「ありがと」と頭を下げた。「いいよ」。男の子は頭に花冠をつけたまま、Aさんとお孫さんに手を振って見送ってくれたという。
その後、Aさんは孫を連れて娘さんの新居に戻ったのだが。
「この辺に、そんな年頃の男の子はいないわ」
一部始終を語り、「あの男の子とは仲良くなれるわね」と報告をしたAさんに、娘さんは訝しんで首を横に振る。
「でも、三輪車で遊んだのよ」
Aさんの言葉に、娘さんは首をひねりながら「じゃあ、私が知らないだけかしら」と答えた。
次の日。
早速娘さんは近所の方に尋ねてみた。「このあたりにうちの子と同じ年頃の青い三輪車に乗った男の子はいるだろうか」と。
「いたけど……」
近所の方は口ごもる。引っ越したのだろうか。娘さんがそう思った時、近所の方は言い難そうに答えた。
「亡くなったのよ。事故でね。三輪車に乗っていて車にはねられたの。あなたがたが越してくる少し前。……どこかで会ったことがあるの?」
そう言われ、娘さんはびっくりしてAさんが自分に語った話をすると、近所の方は納得したように頷いた。
「あの男の子、あの墓地に埋葬されたからね。墓地の空き地で遊んでたんでしょう」
娘さんは何と答えていいかわからず、言葉を濁してお子さんと手をつなぎ、その場を離れた。
お子さんと一緒になんとなくその墓地に行ってみると。
Aさんが言うように墓地の中央はいろんな草花が咲いている広場になっていて。
その真ん中に立つ観音様の足元には。
Aさんが作ったであろう花冠が、ちん、と置いてあった。
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