第17話 赤ちゃん人形

 Rさんは、夫と交際していたときから、「この人、寝言が多いなぁ」と思っていたらしい。


 曖昧に何かモゴモゴと話すのでは無く、はっきりと起きているかのように夫は寝言を喋るのだという。


「はい。時間通りお伺いできます」と言ってみたり、「このミス、誰が報告するの!」など、仕事に関した寝言が多かった。


 Rさんのご家庭では、夫婦とこどもは一緒の寝室で寝ていたので、こども達も夫の寝言の件は知っていた。

 唐突に始まる寝言に、Rさんもこども達も、びっくりして目が覚めるので、大変うんざりしていたのだそうだ。


 だから。

 こどもたちが中学生になり、それぞれに部屋を与えると、「これでお父さんの寝言から解放される」とあっさり出て行った。


 そして。家族全員で眠っていた寝室は、夫婦の寝室となった。


 ある日。

 Rさんが目を覚ましたのは、夫が歌い出したからだった。


 Rさんは首をもたげて、隣で眠る夫を見る。

 夫は仰向けに目を閉じていた。どう見ても眠っている。


 だが。

 なんの曲なのかはわからないが、ちゃんとメロディを鼻歌で歌っていた。


 そして、鼻歌が終わると、今度は「うぇい!うぇい!」と、合いの手を入れるのだという。

 それが、アイドルに声援を送る親衛隊のような合いの手で、Rさんは呆気にとられた。


――― 相変わらずさわがしい寝言ね


 Rさんはため息をついて、自分も仰向けになった。

 眠ろう。

 そう思うが、隣では夫がメロディを鼻歌で歌い、同じ場所で合いの手を一人で入れている。

 うるさいなぁ、とため息をついた矢先だ。


 腹の上に、重みを感じた。

 いきなり、どん、と感じたのだという。


 咄嗟に、Rさんは「何か降ってきた」と思ったのだそうだ。


 そこで慌てて身体をねじった。振り払おうと身体を横に向け、夫に背を向ける形で目を開く。


 自分の鼻先には、『赤ちゃん人形』があったのだそうだ。


 仰向けに寝転がった赤ちゃん人形には、服も着せられていない。


 こどもがおままごとで使うような、そんな小さなものでは無かった。

 母親学級で沐浴体験にでも使いそうな、プラスチックの肌と関節が稼働する、リアルな大きさを持った、裸の赤ちゃん人形。


 その赤ちゃん人形の顔が。


 ぎこちない軋みを上げてRさんの方に徐々に向き始めたのだという。


 きちきちきちきち、と。

 天井を向いていた赤ちゃん人形がRさんの方に顔を向けようとしている。


 Rさんは目を逸らしたいのに、何故かそらせない。


 どうしても。

 どうしても、その赤ちゃん人形の『顔』が気になったのだそうだ。


 なぜだか。

 あの顔を見たい。

 その欲求が抑えられなかったらしい。


 きちきちきちきち、と。

 首がこちらに向く。


 その瞬間。


 背後で、夫が「うぇい! うぇい! うぇい!」と三度大声を張ったのだという。


 Rさんは悲鳴を上げ、夫を振り返る。

 夫はそこで初めて、眼を醒ましてRさんの姿を目にとめた。


「どうした?」

 夫は不審げにRさんに尋ね、Rさんは慌てて自分の布団を指さす。


「赤ちゃん人形が……」

 そう言って自分もおそるおそる、赤ちゃん人形のあった場所を見やるが。


 もう、赤ちゃん人形の姿はなかったという。



 その後、Rさんの家では不思議な物音が続いている。

 明らかに、「モノ」が動き回るような音が続いているのだそうだ。


 コトコト、ガタガタ、と。


 Rさんは真剣に「霊能者にでも見てもらおうとおもう」と言っていた。

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