第15話 委託管理物件(2)

 ひとりは、樹が裂けた日のあたりから、痩せ始めたのだという。


 周囲が見ていてもかなり食べているのに、日に日に痩せる。


 体型と面相が変わり始め、周囲の声掛けもあり、病院に行くと、大きな大腸がんが見つかった。すぐに入院、即手術となったそうだ。


 一人病欠のまま、それでもMさんともうひとりの職員が業務を遂行していると、そのもうひとりの職員が、頭痛を訴え始めたのだという。


 Mさんは私に、「多分、人数減のこともあって、ずっと私に言いだせなかったんだと思う」と言うとおり、ある日この職員は突然動けなくなった。


 脳に、梗塞が見つかったのだという。


 大腸がんの職員も、脳こうそくの職員も、まだ30代だ。年齢から言えばMさんが一番年上の50代なのに。


 ふたりは、倒れて病院に入院してしまった。


 さすがに、これでは業務が滞る、と会社は20代の若い女性をMさんのもとに派遣した。

 彼女は最初から腕輪念珠を付け、デスクに岩塩を置いたのだそうだ。

 その女性はかなり験を担ぐ人物ではあったが、それで安心して仕事を遂行するならいい、とMさんは多少のことには目を瞑った。


 そんなある日。


「ここから、なんか、芽が出てるんです」

 その若い女性職員が、Mさんを建物の裏手に呼んでそう言った。

 彼女が示したのは、あの幹が裂けた南方の植物だ。


 園芸植物はすべてリースなので、提携の造園会社が引き取って帰るのだが、何故かこの樹だけは引き取りを拒否された。仕方なく建物裏に置いてMさんが割れた幹を剪定し、水をやったり、肥料をやったりしていたらしい。


 その。

 樹の避けた幹から、新芽らしいものが出ていて、Mさんと若い女性職員は束の間、ほっこりしたのだそうだ。


 そして。

 事態が、ここから変わっていった。


 まず、「どこかに転移しているかも」と落ち込んでいた大腸がんの職員が、『転移なし』『術後良好』で、職場復帰してきた。

 その後、脳こうそくの職員も、『経過観察』ということで、後遺症もなく復帰。

 代理で来ていた若い女性職員は、晴れ晴れとした顔で、Mさんの元を去って行った。


 ようやく職員が全員そろい、「やれやれ」と一息ついた時。


 常連客の一人が、ぱたりと来なくなった。


「〇〇さん、最近見ませんけど。どうされましたかね」

 Mさんが、別の常連客の一人に何気なく尋ねると、彼は肩を竦め、Mさんに教えてくれた。


「病気らしいわ。ながぁないかもな」

「……あ。そうなんですか」

 まずいことを聞いた、とMさんが神妙な顔をしていると、常連客はため息を吐く。


「わし、ここの風呂に来た時に〇〇さん、見たんやけどなぁ」

「その時から、体調悪そうでしたか?」

「いやあ。元気やったで」

 やけどな、と常連客は続けた。


「黒い靄を引き連れて帰ったから、もうあかんとおもうわ」


 その後、Mさんの周辺で異変がおこることはなくなったという。

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