第14話 委託管理物件(1)
Mさんたちが配置換えになったのは、会社が行政から『指定管理者制度』のもと、とある建物の委託管理を受けたからだ。
Mさんを含め、異動になった3人は、今まで、事務職一筋だった。
もちろん、その建物の中でも、いわゆる『事務』のみをするのだと思ったのだが。
その建物には『入浴設備』があるため、清掃業務や受付、ちょっとしたイベントの企画もしなければならない、という。
最初は慣れない業務に四苦八苦していたが、それを温かく見守り、支えてくれたのは会社の人間ではなく、以前から入浴施設を利用していた常連客だったそうだ。
『役場の人間は、そのボタンで操作してたで』、『開館時間に間に合わへん? ほんなら、わしからみんなに説明したるさかい』
引き継ぎが上手くいかず、混乱した『再オープン当時』も客であるはずの、常連たちがずっと手伝ってくれたという。
そんなMさんたちが、以前からの入浴設備常連客と親しくなるのに時間はかからなかった。スタッフと常連たちは打ち解け、Mさんたちは気さくに話すようになったという。
するとすぐに。とあることを言い出した。
一人ではない。常連客すべてが、だ。
「ここ、出るねんで。気をつけや」
常連たちは、口をそろえてそう言ったという。
「出る、って?」
ある日、Mさんは常連客に尋ね返してみたという。
首を傾げるMさんに「出る、って言ったらコレやがな」と、手首を垂らして常連客はおどけた顔を作って見せた。
「幽霊?」
Mさんは吹き出す。まさか、と笑うと、常連客は憐れむように目を細めてMさんをみやった。
「ここが行政の管轄から外れたのは、行政の担当職員が次々に倒れたからやねん。もう、異動した人間、みんな倒れて行く。ほんで、変な噂が立ってな。誰も担当したがらへんから、指定管理にだしたみたいやで」
「幽霊が出る、とか、呪われてる、とかですかねぇ」
Mさんが促すと、「違う、違う」と手を横に振られた。
「なんかな、黒い靄が出るらしいわ」
「黒い靄?」
Mさんは驚いた。てっきり「人型」の何かが出たり、追いかけられたりするのかと思ったら、その不気味な何かは、形さえないらしい。
「黒い靄が見えたら気をつけや」
常連客がMさんに忠告したその後から。
異変が起こった。
まず、観葉植物が枯れ始めたのだ。
建物の中には提携している造園会社から、観葉植物の鉢をレンタルで入れてもらっていた。定期的に、季節に応じた花や、もはや「樹」と言いたい植物が鉢植えの状態で飾られているのだが。
その、観葉植物が軒並み枯れ始めた。
花が枯れるのはまだいい。
病気か、温度か、水やりか。何かがきっと悪かったのだろう、と思えたのだが。
ある日、奇妙な音がして、職員3人が正面玄関に移動すると。
Mさんの背丈を超えるほど大きな南方の樹の幹が、真っ二つに割けていたのだという。
「私ね、その日の仕事帰りにショッピングモールに行って、水晶の玉を買ってきたの」
真剣に語るMさんに私が頷くと、「笑わないのね」とMさんは苦笑した。
同僚の二人は、Mさんを笑い、からかったのだという。
だが。
そのMさんを、笑った同僚の二人は……
(続く)
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