第13話 一人暮らし高齢者

 私の仕事場で、『孤独死』が話題に上った。

 続いたからだ。


「第一発見者って、ちょっと嫌よね……」

 誰とはなく、そう言った。


『なにの』とは誰も聞かない。

『一人暮らし高齢者が音信不通となり、仕事柄様子見の為に訪問した結果』第一発見者って、ちょっと嫌よね、ということだと皆、察している。


「わたしが知ってる話しでな」

 その場にいた、仕事場の常連客が口を開いた。


「一人暮らしの人なんだけど」

 そう言って、常連客は話し始めた。


 ありがちではあるが、近所で立ち話をしていたら、Aさんの話題になったのだそうだ。

 最近、姿を見ないわね、と。

 主婦たちは「まさかね」と言いながらも、Aさんの最近の様子を互いに話し始めた。

 そういえば、ずっと体調が悪い、と言っていた。季節にあった服装をしていなかった、話しかけてもぼんやりと聞き逃すことがあった。

 それぞれの情報を持ち寄り、共有し、そして皆で自治会長のところに行ったのだそうだ。


 自治会長は役場と警察に連絡。Aさんは『一人暮らし要援護者支援制度』に登録をしていたため、役場が隣県に住む弟夫婦に連絡をつけ、急ぎ駆けつけてもらった。


「これはもう、あかん、って思ったんだって」

 常連客は顔を顰めて私たちに言った。

 役場担当者、警察、自治会長、Aさんの実弟の四人で玄関の鍵を開けた瞬間、皆が覚悟したのだという。


 臭いが、するのだ、と。

 モノが腐った、というより確実に『動物』が腐った臭いがしたのだそうだ。

 野菜や食品、というより、一番近いのは『魚が腐った』臭いだったという。

 嘔吐を催しそうな悪臭なのだけど、その臭いの奥に、何故か『潮のにおい』を感じた、と自治会長は常連客に後に告げたという。


「おまけに、小蠅がすごかった、って」

 玄関にも、ぶんぶん蠅は飛び、訪問した皆の顔周りをうるさいぐらいにまとわりついたそうだ。


 四人は普段、Aさんが過ごしていると聞く居間に向かった。

 近づくと、悪臭と蠅がすごい。

 皆は手で口を覆い、居間らしい襖を開け、中を覗いた。


 そして、「ああ、やっぱり」と呟いたのだそうだ。


 居間には、うつ伏せになり、襖に向かって這うような形で倒れ伏すAさんの姿があった。


 その、スカートから出た右足が、「黒かった」という。


 蠅にたかられ、黒かったのだそうだ。そして、時折右足に白いものが蠢くと思ったら、蛆だったそうで、皆一様に呻いたらしい。


 聞いていた私たちも眉を顰め、互いに顔を見合わせた。「やっぱり、第一発見者は嫌かも」そう言おうとした矢先。


 常連客が言った。


「動いたんだって、その時」

「―――――― え?」


 蠅に右足をまとわりつかせ、倒れ伏したAさんは。

 ずるり、と。

 蠅を飛び立たせ、蛆を落とし。

 襖の側に立ち尽くす四人に向かって、這ったのだ、という。


「生きてはったねん、Aさん」


 常連客の言葉に、私たちは全員悲鳴を上げた。


 もちろん。

 私たちどころか、第一発見者の4人も大絶叫をしたらしい。

 その後、Aさんは病院に運ばれたのだという。

 糖尿病のために壊死した右足に蠅がたかり、蛆が湧き、そして高血圧のために意識混濁状態にあったようだ。


「怖い話をして、って頼んだ覚えはない!」「一人暮らし高齢者の話をしていたのに、何故この話をぶち込んできた!」「今から昼食で白米食べるのに……。蛆……。白い蛆……」


 職場は騒然となったけれど。

 常連客はにやにやと笑っていた。

 


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