第12話 人が、見えない

 私の親戚のおばあちゃんは、幽霊が見える、らしい。


 私とはどういった血縁関係なのかわからないが、法事や親族の集まりには必ず顔を出す人だ。小さな頃から「おばあちゃん」で、今でも「おばあちゃん」だ。

 一体いくつなのか、今となっては年さえ聞けない。


 その、おばあちゃんが、よく見る幽霊の話を一つ披露しよう。


 私の親戚のおばあちゃんは、小さな頃から仏壇から鎧武者が出てくるのが見えたらしい。


 がちゃがちゃと金属音を立てて、仏壇の須弥壇あたりから鎧武者が何人も出てくるのだそうだ。

 その鎧武者たちは出てくると、徹底的に部屋を調べるらしい。

 机の下や家具の物陰、座布団までめくって必死に探しているようなのだが。


 人が、見えない。


 実際おばあちゃんは、いつも黙ってじっと座ったまま、鎧武者たちの姿を見ている。

 折れた刀剣を抜き身のまま持ち、金属の鎧を鳴らして歩き回る武者たちは、おばあちゃんの前を素通りしながら、必死で探しているのだ。


 おばあちゃんを。


 初めて鎧武者を見た日、おばあちゃんは怖くて自分のお母さんに相談したらしい。

 すると、お母さんは、「それは、先祖が殺した敵兵だ」と教えてくれたのだそうだ。


 おばあちゃんの先祖は、嘘か本当か、関が原の合戦で槍で武勲を立てた武将だったらしい。

 出世はしたものの、その時首級を上げた武者たちからは呪いを貰ったという。

 そこでおばあちゃんの先祖は、その武将を弔い、祀ることで難を逃れようとしたのだそうだ。


 以降。

 鎧武者は恨みを晴らすべく仏壇から姿を現すのだけれど、その呪う対象である子孫の姿は全く見えないらしい。


「仏壇でお祀りしている限り、私たちに害は無いから大丈夫」

 おばあちゃんのお母さんはそう言ったが、おばあちゃんは子どもの頃、その鎧武者がとても怖かったのだそうだ。


「今も鎧武者は出るの? おばあちゃんは怖い?」

 私が子どもの頃、そう尋ねると、おばあちゃんは首を横に振った。


 おばあちゃんは成長すると、家族とともに満州に移った。

 そこで看護師になり、病院で働いていたという。

 戦争末期、満州から引き上げるときは、女だとばれないように頭を丸刈りにし、顔を汚し、男の服を着てひたすら俯いて日本に戻って来た。


「あそこが一番の地獄だった。引き上げの途中で見た人間たちが今でも怖い」

 

 おばあちゃんには、最早呪う相手すら見えずに彷徨う鎧武者たちは哀れの対象であり。


 恐怖の対象は。

 「人」だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る