第11話 エレベーター

  Nさんはとても恰幅の良い女性だ。

 身長は私より大分低いが、体重八〇キロはあると思う。起き上がりこぼしを連想させる体型の人だ。


 その娘さんのYさんは大変スレンダーで、目鼻立ちのはっきりとした、どことなくオリエンタルな雰囲気をまとった女性だった。

 ところが、結婚、妊娠、育休を経て、再び出会ってみると、体重がほぼNさんと変わらないぐらいになってしまっていた。その容貌の変化にびっくりした私に、「この前、エレベーターが鳴ったのよ」とおっしゃた。


 これは、そのYさんの「エレベーターが鳴った話」だ。


 Yさんは、母親であるNさんの影響もあり、看護師をしている。

 ご主人とはコンパで知り合い、熱烈なアプローチと胸がきゅんとするようなプロポーズを受けて結婚した。ただし、結婚の条件として、「仕事はやめない。三交替もするから、夜勤の時は子どもをよろしく」だったそうだ。


 その言葉通り。

 出産、育休を得て仕事場に復帰したYさんは、夜勤も始めた。

 病院付属の保育園は夜勤者の子どもも預かってはくれるのだが、結婚前の約束通り、Yさんのご主人が子どもの世話を引き受けてくれたらしい。


 仕事復帰したYさんは同僚や関係者に、「育ったわね」と体格のことをからかわれたが、Yさん自身は「そうでしょ? 胸が大きくなったけど、ウエストも大きくなったわよ」と冗談を飛ばしていた。


 ある日の夜勤のこと。

 先輩と病棟を回り、上階に移動しようとエレベーターの前で待っていたのだそうだ。

 Yさんはオムツ交換車を押し、先輩は回診車を押していた。

 先輩と二人、下から上がってくるエレベーターの階数を無言で見ていたとき、「ねぇ」と話しかけられた。


「あなた、見える人?」

 先輩が尋ね、Yさんは「なにがですか」と問うたらしい。

 そのきょとんとしたYさんの様子に、先輩は小さく笑い、「別にいいわ」と答えたそうだ。


 なんだろう、と思いながらも、エレベーターは二人の前で停止し、扉が開いた。

 最初に先輩が回診車を押して中に入り、そしてYさんがオムツ交換車を押して続く。


 途端に、ブザー音が鳴ったのだという。


 びっくりしたYさんは、なんの警報音なのかとエレベーター内を見回す。

 だけど、非常通報ボタンを押した様子もないし、ワゴンが当たったはずもない。そもそも先輩とYさんだけだから、エレベーター内は広いのだ。


「重量オーバーだわ。一旦降りましょう」

 先輩は笑いだし、回診車を押してエレベーターを降りてしまった。Yさんは唖然とエレベーター内で立ち尽くしていたが、その間も警報ブザーは鳴り止まない。


「おりて」

 先輩に促され、Yさんがオムツ交換車を押してエレベーターから出た途端。

 ブザーは停止し、目の前で扉が閉まった。


 エレベーターはそのまま、上階に向かう。回数表示ランプが次々明滅し、ある階で止まった。先輩はそれを確認すると、再びエレベーターボタンを押す。


「あの……。私、ですか?」

 呆気にとられてYさんは先輩に尋ねた。いくら自分が太っているとはいえ、先輩とワゴン2台で重量オーバーになるなんて考えられないのだが。

「ちがう、ちがう」

 先輩は陽気に笑い、そして再び到着したエレベーターに乗り込む。

 Yさんもドキドキしながらその後に続いた。


 今度は、当然だけれど、ブザーはならなかった。先輩は目的の階のボタンを押し、不思議そうなYさんを見やる。


「もともと、たくさん乗ってたのよ、さっきは」

 先輩が笑い、足元を指さした。

「あのエレベーター。安置所から来てた。今日は誰も亡くなった方がいないのに、なんで下から登って来るんだろうと思ったら」

 くすりと先輩が笑った時、エレベーターの扉が閉まり、動き出す。


「一杯、乗ってたのよね」

 なにが、とはYさんは訊けなかったという。


「でも、ああいうの、って体重ないだろうから、いっか、って思って乗ったんだけど」

 先輩は可笑しそうに噴き出したという。「機械って、変なところで正確なのねぇ」と。


 今後も夜勤を続けるから、痩せようと思うの。Yさんは私に真剣にそう言った。


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