第7話 都市伝説 みみずうどん

 都市伝説の『みみずうどん』をご存知だろうか。

 私は、ネットで知る前から、母に聞かされた話だった。

 母は、自分が小さな頃、誰かから聞いた話らしい。


 ご存じない方に内容を少し説明する。

 あるところに盲目の高齢者が居る(男女は曖昧)。その盲目の高齢者は、こども夫婦の世話になっている(このこどもも、男女は曖昧)。盲目であるため、こども夫婦は虐待じみたことをし始める。

 目が見えないことをいいことに、だし汁の中にみみずを入れて、「うどんだ」と言って食べさせるのだ。その食べている様子を見て、馬鹿にする、という話なのだが……。(中には、戦時中どうしてもうどんを食べさせたくて、みみずをうどんと偽って食べさせた、という話もあるようだ)


 ところで。

 母が聞いたのは、こんな話だった。

(真偽の程は定かではない。母も子どもの頃、聞いたと言っていた)


 当時、母が住んでいた近隣での出来事らしい。

 ある、夫婦が住んでいた。


 身内らしい目の不自由なおばあさんと一緒に暮らしていたのだが、誰が見ても、そのおばあさんは、若夫婦に虐げられていたらしい。それこそ、「みみずうどんを食べさせられているのではないか」と噂されるほどに。

『……かわいそうに』

 誰もがそう思っていた。


 そんなある日、このおばあさんが亡くなった。

 夫婦は、「これでようやく二人だけでゆっくり暮らせる」と近所に言っていたらしい。


 ところが。


 この夫婦。

 どんどん、家に閉じこもり始めたのだそうだ。


 近所づきあいを避け、外出をやめ、終いには雨戸をキッチリと閉めて閉じこもってしまった。


 流石に近所でも噂になり、数人の有志がこの夫婦のお宅に訪問したときのことだ。


 玄関チャイムを鳴らすが返答は無い。ただ、家の中から様子を伺う気配は伝わってきた。有志たちは「□□さん」と名前を何度も呼んで、扉を叩く。


「大丈夫ですか? 何かあったんですか?」

「大丈夫です。何もありません」

 家の中からは押し殺したような夫婦の声が聞こえた。

「大丈夫って……。じゃあ、このドアを開けて顔を見せてくださいよ」

 困惑して有志の一人がそう言うと、「開けないでっ!」と叫び声が聞こえてくる。


「絶対に開けないで! 覗かれるっ!」

「……覗く?」

 有志たちは顔を見合わせ、首を傾げた。

 夫婦の家は玄関も開かず、一階の雨戸どころか二階の雨戸までもきっちりと閉められている。実は玄関が開かないものだから、どこからか入れないだろうか、と家の周辺を有志たちは巡ってみたのだが、どこの窓もクレッセント錠がかけられて入れない。


 覗く、とは。なんだ。

 誰が、何を、覗くのだ。


 結局この日は玄関が開くことは無く、有志たちは夫婦の家を後にした。


 その後。

 心配した親族が強引にこの家に押し入ったのだが。


 夫婦は、二人で抱き合って押入れの中にいたのだそうだ。


 親族は、家の中の様子にも驚いたという。

 窓という窓、扉という扉が閉められ、中から目張りがされていた。

 どの扉もみっちりと閉められていたため、当初どこにその夫婦がいるのかわからなかった。

 親族はガムテープでふさがれた目張りを剥がして部屋を一つずつ確認し、そして押入れの中にいる二人を見つけたのだそうだ。


「覗かれる! 扉の隙間から覗かれる!」

 夫婦は二人とも恐慌状態でそう叫び続けたと言う。


 先日、この話を掲載するに当たり、母に確認を取ったのだが、「もう、昔の話やし、細かいことは忘れたわ。そんな話やったかなぁ」と首を傾げていた。

 こちらとしては、幼い頃に、こんな強烈な話を聞かされたのでやけに印象に残っているのだが、当の本人は、私の話を「へぇ」と驚いて聞いたりしていたので呆れた。


 最後に母は。

「『怖いもん』が覗いとったって……。でも、『怖いもん』にしたのは、その夫婦やろうになぁ」

 母はそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る