第6話 旧校舎東館の気配

 Kさんが、高校生の時の話だ。


 Kさんは、とある同好会に所属していた。

 その日もメンバーたちと同好会室に集まり、いつも通り過ごしていたという。


 ところで。

 このKさんの所属する同好会の同好会室は、創立以来80年以上使用されている木造校舎の東館にあった。当時は他にも木造校舎がいくつか残っていたという。


「そろそろ帰ろうか」

 誰ともなくそう言い出した。ふと、窓から外を眺めると、他部の気配もない。時計を確認すると、下校時刻を過ぎていた。

「僕が同好会室の戸締りをするよ。先にみんな、東館を出てくれ」

 Kさんが申し出ると、皆は口々に「お先」「じゃあ、よろしく」と言って同好会室を出た。

 Kさんも電気を消し、廊下に出る。


 廊下は、随分と薄暗い。

 この時刻、廊下に忍び込むのはすでに夕陽ではなく、薄闇だった。二学期が始まり、季節は秋から冬に移行しつつあるこの時期は、日暮れも早い。

 Kさんは目を凝らしながら、鍵穴に鍵を差し込んだ。


 その時、ふと。

 目が、『色』を捕えた。

 何もかもが薄墨色に染まる廊下の中で。

 Kさんの視覚が捕えたのは。

 『白』だった。


 すぐに、制服のカッターシャツだと気づく。施錠をしながらも、ちらりと目に入り込んだ校章の色は同級生のそれだった。

『この身長からすると……。A君かな』

 Kさんはがちゃりと鍵を回しながら、苦笑する。律儀だな。待っててくれてるのか。Kさんは鍵を抜き取り、施錠を確認した後、笑顔で振り返った。


「A君、お待たせ。帰ろうか」

 だが。

 そこには、誰もいなかった。


「……あれ?」

 思わずKさんは呟き、周囲を見回した。


 いた、はずだ。

 確かに視線も感じたし、なにより白い半袖カッターシャツを見た。

 自分の目には。

 彼の『白』と『校章の色』が残像のように焼き付いている。


 Kさんは首をひねりながらも、鍵を学ランのポケットに滑り込ませ、東館出口に向かった。


「お疲れ」「ありがとうな」

 東館からKさんが出ると、同好会の皆がそう声をかけてくれた。

 顔を捩じり、Kさんは皆を見る。


 薄暗い中、学ランを着込んだ皆は黒く、そこだけ闇が濃くなったように見えていた。

 そこには。

 A君もいる。


「A君、戸締りに付き合ってくれてありがとう」

 Kさんは皆に足早に近づき、礼を口にする。だが、A君どころか皆が怪訝そうにKさんを見返した。

「Aはずっと、ここにいたけど?」

「え……? そしたら、誰が僕の側にいたんだ?」

 Kさんの質問に、皆が顔を見合わせる。


 そして、ようやく。

 Kさんは気づく。

 

 自分を含め、皆、学ランを着ているのだ。

 冬服じゃないか、と。

 今、季節は秋から冬に向おうとしている。


 何故自分は。

 自分の目は。

 『白』を捕えたのだ?

 何故、自分の背後にいた生徒は、半袖カッターシャツの「夏服」を着ていたのだ、と。


「そう言えば、今日さ」

 誰かがぽつり、と尋ねた。

「俺達、何人で同好会室に居たっけ……」

「何人って……。ここにいる皆だろ?」

 A君が答える。皆はそれぞれに頷きながらも、「そう言われれば」と、首をかしげていた。


「なんか、今。人数が少なくないか?」


 Kさんの口をついて出た言葉に、皆は一斉に頷いた。

「誰か、足りねぇよな」「人がいる気配はあったんだよ。同好会室に」「なんだよ。誰か東館に残ってんじゃねぇのか?」

 ぼそぼそと小声で皆は言い合う。

 言い合うが。

 再び東館の同好会室に確認に戻ろうとする生徒はいなかった。


 その後も、なんとなく東館で人がいる気配は感じていたものの。

 姿を見たのは、その日だけだったという。

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