第5話 ものが溜まってどうにもならんのです

 Cさんはある日、夢を見た。

 夢を見ているときは、これが夢だ、という自覚はなかったのだそうだ。


 夢の中でリビングに居ると玄関チャイムが鳴り、自治会の役員さんが訪問してきたらしい。

「申し訳ないが、ちょっと手伝ってくれないだろうか」

 役員さんはそう言ったという。実際、Cさんの住んでいる地区は「年金通り」と呼ばれるぐらい高齢化が進んでおり、力仕事や厄介ごとがあれば、役員さんが時折すまなそうな顔で訪問してくる。

 Cさんは平日、フルタイムで働いているが、休日や自分の空いている時間であれば、いつでも手伝いを惜しまなかった。

 この日も、「いいですよ」と返事をして、家を出たのだという。

 Cさんは、役員さんと並んで道を歩きながら、「なんの手伝いですか?」と尋ねた。


「ものが溜まってね。どうにもならんのですよ」

 役員さんの言葉に、Cさんは頷く。そういえば、回覧板で、ゴミの不法投棄が増えている、と書いてあったような気がした。道路に面したごみ収集場に、自治会員以外の人がゴミを捨てていくのだ。


 その、ゴミ掃除だろうか。

 そう思ってついて歩いていた時。

 ふと、気付く。


 この道は、△さんの家に続く道だ、と。


 △さんの家では、つい最近奥様がお亡くなりになったのだ。

 若かったことと、お子さんがまだ小さかったこともあり、Cさんも△さんの奥様の葬儀に参加した時は、涙が堪えられなかった。


 その家に。

 皆は向かっていた。


「あの……。どこに行くんですか?」

 Cさんはなんだか不安になって、前を歩く役員に声をかけた。


「溜まるんですよ」

 役員はぐるりと振り返り、Cさんに向けて、ひとことそう言った。

 その目に眼球は無く、眼窩が洞のように空いている。

 その、暗さに。その、深さに。その、洞に巣食う闇に驚いて。


 そこで、Cさんは目が醒めたのだという。

 目を開くと、自分の寝室だった。

 ベッドの隣りには夫が眠っている。

 どきどきと心臓は拍動し、Cさんは怖くなって隣りの夫に声をかけようとした。


「いま、怖い夢を見たの」

 そう、言おうとした。

 ところが。

 体が動かない。

 夫を呼びかけようとしたが。

 声も出ない。

 必死に腹筋に力を入れるけれど、喉からもれるのは、呻いたような声だった。


「溜まるんですよ」

 ふと、声が聞こえ、足元を見る。

 そこには、人影があった。


「溜まるんですよ」

 そう言うと、その人影は足元の「黒い何か」を掴み、どんどんCさんの腹に向かって投げつけてきたのだという。

 その「黒い何か」は、粘着的な動きでCさんの体に張り付き、どんどん溜まっていくのだと言う。

『苦しい、苦しい』

 Cさんは必死にもがこうとするものの、重みで身動きがとれない。

 息苦しさと重みとで小恐慌状態に陥ったときだ。


 夫が、寝返りを打った。


 その拍子に、夫の腕がCさんの腹の上に乗る。


 どん、と。

 本当に室内を揺るがすような衝突音が鳴り、Cさんにへばりついていたその「黒い何か」が剥がれ落ち、霧散した。


 咄嗟に、Cさんは上半身を起こし、大きく息を吐く。


 寝室の足元にも。

 それどころか、部屋のどこにも。

 人影も、「黒い何か」もなかった。


 Cさんは夫を揺り起こし、思わず礼を言ったのだそうだ。


「いつもは寝相が悪くて腹がたつけど……。あの時は助かった」

 Cさんは安堵したように私にそう言った。

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