第8話 深夜12時の検査オーダー

 Mさんは、総合病院の検査技師だ。

「この前の夜勤の時なんですけど」

 そう話し出したので、驚いた。検査技師さんも、夜勤があるんですか、と尋ねると、入院患者さんが急変した時、医師が夜間でも検査オーダーをするため、夜勤もあるのだそうだ。


 そんなMさんの不思議体験をひとつ。


 Mさんが夜勤のとき、頻繁にある患者さんの検査オーダーが入った。

 状態が悪化するのは決まって深夜12時あたり。

 オーダーが頻回だったことと、深夜だったことがあり、やけに記憶に残った。


 Mさんはなんとなく気になり、仕事の手が空いた時に、その患者さんの顔を見に行ったりしたのだそうだ。それが縁で、病院内で目が合えば挨拶する程度の仲になった。気さくな、話し好きな患者さんだったそうだ。


 そんな、患者さんも。

 やはり病状は深刻だったようで。

 Mさんが夜勤の時に、看護師さんから、「あの患者さん、昨日お亡くなりになったのよ」と聞かされた。

『ああ、そうなんだ』

 一抹の寂しさを覚えたのと、もう深夜の検査オーダーはないな、と思ったのだという。


 その日の夜勤でのことだ。

 仕事もあらかた落ち着き、11時ごろに仮眠室に入ってうとうととし始めたMさんだったが。


 突然の大きな物音で飛び起きた。


 窓が。

 仮眠用ベッドの右手側にある窓が、カーテンが揺れるほど叩かれたのだ。

 何度も、何度も。


 Mさんは反射的にカーテンを開いた。

 そこに見えるのは闇だ。

 それと。

 鏡面化した窓ガラスに映る、驚いたような自分の顔。

『誰だ? なんだ? 悪戯か?』

 だったら性質が悪い。

 一言叱りつけてやる。

 そう思って、クレッセント錠に指をかけて気が付いた。


 ここは、三階だ。


 窓の外には手すりや、ましてやベランダなんてものはない。

 ただ、壁面に、武骨に切り取られたように窓が付けられているだけだ。


 誰が。

 叩けるというのだ、この窓を。


 咄嗟に、Mさんは自分の腕時計を見た。

 深夜12時。

 そして、その腕時計の秒針は。

 そこで、止まっていた。


「それが、その時の腕時計ですか?」

 私はMさんの左手首に嵌る腕時計を指さした。


 Mさんは苦笑いして首を横に振る。

「結局、あの時の時計は捨てました」

「どうして?」

「止まるんですよ」

 Mさんは肩をすくめて私に言った。


「何故か、12時間ごとに、止まってしまうんです。使えないんですよ」

 あれは一体、なんなんでしょうねぇ。Mさんは首を傾げてそう言った。

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