第3話
「ちゃんと札束で手を拭いたの? 僕ちゃん」
休み時間にトイレから出てきた僕を見て、クラスメイトの女子がクスクスと笑っている。
エスカレーター式のうちの学校では小学生時代に一度でもいじめられたら終わりだ。ずっといじめられる立場に甘んじないといけない。
いじめが始まったのは小学三年生の頃だ。確かトイレでハンカチを出そうとしたときに財布が落ちて、子供には似つかわしくない量の万札が散らばったのがきっかけだった気がする。あいつは札束をハンカチ代わりにしているという噂が学校中に広まった。
もしかしたら、きっかけがあまりに昔過ぎて、今となっては彼女たちもどうしていじめを続けているのかすら忘れている可能性もある。それでもいじめは終わらない。
ありえないようなバカバカしいことがきっかけでも、それはただの始まりにすぎない。一度いじめの対象になった人間なら、理由はなんでもいい。どんなささやかなほころびでもいいのだ。いじめるに足る行動を見つければ、いつでも誰でもいじめる権利があると思っているらしい。
そんなルールに則って動いている人間の相手は、真面目にするだけ無駄だ。僕は聞こえないふりをして教室へ戻った。
友達なんて誰もいない。一番酷いときはバイ菌扱いされたこともあった。面白いぐらい誰も近寄らなかった。そんな僕がうっかりすれ違いざまに体が触れたクラスメイトに突き飛ばされ、階段から転げ落ちたことがあった。高校の入学式の日だ。足を怪我して動けなかった僕を保健室まで連れて行ってくれたのが先輩だった。
高三から編入してきた先輩は、僕がいじめられっ子だということを知らなかったらしい。みんなが触れようとしない僕を抱きかかえて歩く先輩は、戦場で旗を掲げるジャンヌ・ダルクのように凛々しかった。
その日から僕にとって先輩は女神だった。唯一、僕を人間扱いしてくれた人。それが彼女だ。
翌朝、同じ駅のホームでニアミスをしていたことがわかったとき、僕は運命の人だと思った。だから僕は彼女以外のことは考えられなくなった。絶対に彼女以外を好きにならない、たとえ誰を犠牲にしたとしても。そう心に決めたのだ。
なのに先輩は今日誰かに告白をするという。初めて僕が勇気を出した日に。あんまりだ。
先輩を手に入れられないのなら、こんな世界は終わってしまえばいいのに。僕はそう願いながら、その夜は眠った。
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