第七日目 人物スケッチ
小指のない女の子
人物スケッチ
92歳のおばあさん。
猫が好きだそうである。
しかし、わたくしの愛猫が死にかけていた際、目にギラギラとした輝きをもって彼を見つめて笑ったのを記憶している。
正直怖い。
①身体的特徴をディフォルメする。
七十も過ぎた頃よりずっと背が小さくなった。骨粗しょう症の薬を常用しているそうである。他にも高血圧の薬とかいろいろ。六袋くらいの調剤を飲んでいる。薬漬けである。熊本から横浜に来てから、娘に『電子血圧計』を買ってもらったが、今は使用していない模様。
手足が細く、筋肉らしきラインがほとんど見えない。幼児のようにちんまりとしたシルエット。しかし、本人は一日一回、夕方のトレーニングといって、体操をしている。大した動きではなく、手足をプラプラさせたり体をねじったりする動きをほんの数分間行うだけである。これでだいぶ違うと本人は言い張る。
髪の毛は染めわけたわけでもないのに、根元の部分が黒々としており、てっぺんはふさふさと総白髪である。
着るものは基本的に重ね着で、夏になっても綿100%の長袖シャツを肌に着けており、クーラーも扇風機もない部屋でうつうつとしながらも腕が冷えるのを嫌がって脱がない。
肌が薄く、まぶたの下に赤い粘膜が見える。鳳眼。
②性質を誇張する。
生来美人だったためか、気が強く、人につっかかる。ひ孫をかわいがったことはなく、どこがかわいいのかとつんけんしている。3㌔のひ孫を抱くにも『あたしってか弱いの』アピールをかかさず、ひ孫は腕からずり落ちる。それをわざわざ他人のいるところでする。人がいないとただ何もせず座って過ごす。
重いものは基本孫に持たせる。短い距離ならば問題なく運べるが、階段を昇ることが無理。買い物をするときは、自分のもつ荷物をなるべく軽いものにする。こまつな、ホウレンソウ、レタス、ブナシメジ、エノキ、お菓子、など軽くてカサのあるもの。孫が持っているものは醤油、牛乳、サラダ油、野菜ジュースのパック、ボトルの飲み物など、コンパクトにレジ袋に入るが重いもの。本人は胸を張って(!?)重そうにブラブラ持っているが、孫はズルいひとだと思っている。
最近腕が重たいといって、椅子に掛けながら干し物をする。調理は無理だが、洗い物はする。孫が食べた後の食器を運ばないと注意するが、実は自分の食器も運んでもらいたいと思っている。自分の食器をテーブルに起きっ晒しにする。
猫が好きだが好かれない。目つきが嫌われるようだ。
一見温厚そうに見えて好戦的。外面がよく、交流は欠かさないが女家族からの評判は悪い。男尊女卑の精神から、男性には奉仕の姿勢を見せるものの体力がおっついてない。甘えた息子からは好かれるが、フェミニストの義息子には馬鹿にされている。
③特技で誇張する。
特技:特になし。元専業主婦で、若いころ電話交換手(アイドル級の職業)をしていたとホラを吹いて孫の気を惹こうとしたが、失敗したので実はただの事務だったと娘にバラされた。
④履歴で誇張する。
若いころすごい美人だった。幼いころに母親が死去。後添いがころころと変わって、今は顔もわからない上にほとんど年の変わらない義母がいるが、縁はとうに切られている。彼女の義母は彼女の父親の六番目の妻で、夫を看取ったら「もう、この家には用も縁もない」といって財産だけ相続して出て行った。現在アパートを経営しているらしいが、認知症の症状が出始め、見知らぬ親戚が次々と出現。血のつながらない孫は司法書士で「あんまり訪ねていくと財産狙いだと思われるぞ」とそれなりに分別をつけている。
2017年現在、92歳であるのに、誕生日を聞くと1945年生まれだと言い張る。戦争が終わったときにはとうに20歳で、戦時中の思い出など孫に話していたのをすっかり忘れている。自分の家の防空壕に一人で入るのが不安だったとかで隣の家の壕に入れてもらったとか、近所の防空壕が焼夷弾で焼かれたとか、B29の爆撃を、畑に飛びこんで免れたなど、ぽつぽつと話す。内容はいつも同じである。
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