15:葛飾区住のジジイ

何も考えずに生きて行くほど簡単な事はない。

仕事だってデートだって人と関わる以上何かを考えて口に出す必要がある。

たとえば仕事中に生半端な返答を何度も繰り返したら、そのうち上司に咎められるだろう。

また、彼女に私のどこが好き?と聞かれたとき何も考えずに胸と言ったら、この瞬間お別れの時が訪れるかもしれない。



だが、「考えながら働くようじゃ半人前だ」という言葉はご存知であろうか。


それは私が生まれた古い木造建築の一軒家に住んでた時にジジイがよく言ってた言葉だ。

無口で頑固で頭でっかちなジジイであったがこの町一番の鍛冶屋の職人であった。

私がジジイに何故鉄は熱いと溶けるか聞いた時がある。

「知るか!」

それがジジイの答えで口癖のようなものだった。



こんなジジイも去年の8月の終わりに病の果てに埋め込まれた人工呼吸器を取られ本当に何も考えなくなった。


葬式には知らない親族が次々にジジイの入った棺桶に悔みを告げていくのを見て、何も考えないを実行した。


周りからどう思われてるかなんてどうでもよかった。

隣にいた母はそんな自分を見て「先に家に帰りなさい。」と言ったのを今でも覚えている。



私は鱈腹寿司をご馳走になった後にジジイの顔を見ずにこの場を後にした。



なぜその時ジジイの顔を見なかったのか、と後後考えてしまう。





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