27.犠牲
―――タタタタタタッ! タタタタタタタタッ!
二人分の銃口が火を噴く。
ありったけの銃弾を怪物に浴びせる。
その全てが奴の身体にめり込むも、その歩みは止まる事なくこちらに向かってきた。
(クソッ。まさしく怪物じゃねえか)
「シズク、頭を狙え!」
「う、うん!」
――タタタタタタッ! タタタタタタッ!
どんな生物であれ、頭部を破壊されて生きていられるものはいない。
狙いを切り替えた俺たちは、頭部に照準を合わせる。
しかし俺たちの狙いに気が付いたのか、怪物は丸太のように太い両腕で頭部をすっぽりと覆い隠してしまった。
「くっ……!」
奴の頭蓋に食い込むはずの銃弾、その全てが鋼のような両の腕に弾かれてしまう。
更に怪物はゆっくりと身を屈めると、頭部を守ったまま前傾姿勢を取った。
(ま、まずい……!)
腕を盾にした怪物がコンクリート造りの床を蹴り、強行突破を掛けてくる。
その様は、俺が三階を突破するために用いた手段の焼き直しであった。
―――タタタタッ! カチッ! カチッ!
「ちっ、弾切れか!」
もはや遠距離から奴の突進を止める手立てはない。
覚悟を決めた俺は、隣で棒立ちになっていたシズクに鋭く指示を飛ばした。
「シズク、下がれ!」
左手の部屋に少女を突き飛ばした後、突進してくる怪物の直線距離上で防御を固める。
――ドガッ!! ガギッ! ガシャーン!!
怪物の体当たりを正面から受け止めた身体に衝撃と鈍い痛みが走る。
そのまま吹き飛ばされた俺の身体は後方の扉に叩きつけられ、更には扉をぶち壊した末に止まった。
薄暗い部屋の中で、何とか立ち上がろうと足に力を入れる。
奴の突進を受ける際、直前で身体を後方に反らしたため前面からの突進によるダメージは最小限に抑えられた。
それでも後方の扉を破壊するほどの衝撃を今度は背中に受けてしまい、息をするたび肺が焼けつくように痛い。
だが泣き言など言ってはいられない。
この部屋には佳苗がいるのだから。
立ち上がった俺の横には水奈瀬佳苗の身体が浅く呼吸をしながら横たわっている。
彼女だけではない、彼女の肉体を維持する装置や培養器具など、この部屋には荒らされるわけにはいかないものが数多くある。
ズシン、ズシンと音を立てながらゆっくりと部屋に入ってくる怪物。
俺は腰元に挿していた拳銃を向け、じわりじわりと距離を詰める奴に対しその機を待った。
「シズク、撃て!」
横の部屋に避けさせ、それ以降挟撃できる位置になるまで待機させていたシズクに合図を送る。
同時に俺もシズクの射線に入らぬよう、横に跳びながら奴を撃つ。
タタタタッ! パパンッ!
前後両面から銃弾が襲い掛かる。
怪物がさきほどと同じく頭部をかばうような形で腕を振り上げる。
だが室内の俺と外のシズクに挟まれた奴はその弾丸を十分に防ぐことが出来ていない。
(よし……今なら!)
俺は未だに痛みを訴える身体に無理を言い、呼吸を整える。
そして奴の濁った瞳に照準を合わせた。
パンッ!
「うがっ……ぁああああああああああ!!」
目に銃弾を撃ち込まれた怪物は、片目から血を流しながら咆哮とも呼べる叫び声をあげた。
撃たれた方の片目をかばいながら、残った片方の瞳でこちらを射抜くように見つめる。
その目には明らかに怒りとも呼べる感情が読み取れた。
そしてその怒りの感情のままに、こちらに攻撃対象を絞った怪物が片腕を大きく振りかぶる。
パンッ! パンッ! タタタタタッ!
残りの目も潰そうと狙いを定め、撃つも、 その全てをまた腕に弾かれる。
怪物は残った方の目を片腕でかばい、視認を完全に捨てた形での反撃に転じてきたのだ。
闇雲に振り回される怪物の丸太のような腕。
うなりをあげて振るわれるそれは、風切り音をあげながら台風の様に部屋中のものを辺り構わず薙ぎ払う。
(目を狙ったのが完全に裏目に出たか……ッ)
広くはない室内に広がる器具や装置の類が次々と薙ぎ倒され、破壊されていく。
そしてその統制を失った暴力の矛先が、ベッドの上に横たわる水奈瀬佳苗へと向けられた。
「やめろぉおおおおお!!」
俺は怪物と佳苗の間に割って入っていた。
――ドゴォッ! ガラガラッガチャ―ン!
佳苗をかばいながらその身に怪物の拳をまともに受ける。
防御を固めたり受け身を取るような暇もなく、激痛が体全身を駆け巡った。
口の中に鉄錆びに似た血の味が広がる。
佳苗の様子が気になり後ろを確認すると、俺が吹っ飛ばされた拍子にベッドも壊れ、佳苗自身も俺にもたれかかるような形でその裸身を露わにしていた。
「征志郎!? 待ってて、今助けるか……ら」
部屋に入ってきたシズクが残骸にもたれかかる俺と、その後ろの佳苗の遺体を見て驚きの表情を見せる。
当然だろう。今まで住んでいた建物の別室にこんな空間と、何より見知らぬ女性の遺体が置かれていたのだから。
「俺の事はもういい! 今すぐここから離れろ!」
その言葉は意味だけ取ればシズクを逃がすためのものだろう。
だが同時にそれは、この俺の姿を、この部屋と佳苗の事をシズクに見られたくないがために、口からついて出た言葉でもあった。
「え……、あ」
シズクがこちらを見て、いや佳苗を見たまま呆けたように動かなくなる。
その様子を好機と見たのか、怪物が傷の無い目をかばっていた腕を解き、その濁った片目で狙いを定めシズクを叩き潰そうと両腕をあげる。
「逃げろぉおおおお!」
「あ、あれ。私……」
シズクの直上には二つの鉄塊を思わせる怪物の拳。
それが今まさに振り下ろされ、少女を肉塊へと変えようとしていた。
銃を持つ右腕に力を込めるも、もはやまともに動かすことは出来ない。
何も出来ぬままシズクが圧潰される様を想像し目をそむける。
「ギャブッ! ウギャン!」
見知った鳴き声が聞こえ、その声のする方を確認する。
「ジェニファー、お前ッ」
外で待っていたはずのとぼけた顔をしたツギハギ犬が、両腕をあげ無防備になった怪物の頭部に飛びついていた。
振りほどこうとする怪物を避け、頭にしがみつきながら、更にはその細く強靭な前足の爪とぱっくりと大きく割れた顎で奴の残りの目に致命傷を与える。
「うがあぁああああああああああ!!」
ジェニファーの身を挺した襲撃により両の目を潰された怪物が再度、悲鳴の雄叫びをあげた。
だがジェニファーもまた怒りに身を震わせる怪物に掴み取られる。
怪物は自身に対してあまりにも小さなその命を、激情のままに床に叩きつけた。
「ギャンッ!」
ジェニファーがシズクの足元にごろごろと転がり、倒れ伏す。
その身体は小さく痙攣し、赤い血が床へと広がっていく。
ゆっくりとしぼむ足元の命を目にしながら、しかしシズクは未だ動こうとはしない。
「何やってんだシズク! 今のうちに!」
「え、あ……。ジェニ、ファー?」
シズクの瞳が見開かれ、身体がガクガクと震えだす。
その様子に既視感を感じる。
「いやぁああああああ!!」
あの時、記憶を呼び戻そうとした夜と同じ、悲痛な叫び声を発しながらしゃがみ込む。
怪物がその声からシズクの居場所を特定し、もう一度拳を振り上げる。
シズクはその下で、幼い子供の様にしゃがんだままで動かなくなっていた。
そして両拳がシズクの居る場所めがけ、振り下ろされる。
ズシンッ!!
拳がコンクリート床に叩きつけられる重い音が辺りに響く。
だが、響いた音はそれだけだった。
本来ならば水袋を潰したような、シズクの血が辺りに飛び散る音がしていたはずである。
目を凝らして見るが、シズクの姿はその両拳の下には無かった。
いや、どこにも居ない。
部屋の中を見渡すが、影も形もないのだ。
ぞくり。
瞬間、背筋に何か嫌なものを感じる。
おそるおそる後ろを振り返る。
俺にもたれかかる佳苗のその更に後ろ、瓦礫と化した装置類の山の上にシズクは佇んでいた。
奴の拳が当たる瞬間、飛び退いて避けたのだろう。
だが俺はそれ以上に確認しなければならない事があった。
「シズ……ク?」
その立ち姿には先程の泣き叫んでいた少女の面影はない。
薄暗い部屋に佇む少女の瞳は印象的な青と金に輝きは、どこを見ているのかよく分からなかった。
事務所の窓の外で立っていた時や倉庫街の屋根から人身ブローカーを襲撃した時と同じあの感覚。
まるで名画や巨大な宗教建築を前にして圧倒される神聖不可侵な気配。
シズクの中にある、時折感じた得体の知れない何か。
「…………」
こちらの呼びかけに対し、シズクが色の違う二つの瞳でこちらを見つめる。
その瞬間に、俺は動けなくなっていた。
小さな身体に纏っている圧倒的な気配が、俺の身体を支配しているような感覚を覚える。
この感覚の正体を俺は知っている。
恐怖だ。
自らを遥かに凌駕する存在や事態を前にした時、動物は動けなくなる。
そしてそれを今、あの巨体の怪物を前にしても覚えなかったその感情が、俺の身体を支配していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます