25.襲撃

 エンジェルに対して吐き捨てた俺の怒声に、隣のシズクが驚き小さく跳ねる。

 俺がそのまま端末のモードを切り替えていると、シズクは目を白黒させながら口を開いた。


「えっと……えっと、どうしよう。うん、私も……戦う」

「ガキが生意気なこと言ってんじゃねえ! 多少運動能力が良くたって、相手は大勢でしかも銃を持ってんだ」

「で、でも……」

「いいか、この端末の画面を今すぐ覚えろ。エンジェルの居るバーの住所だ。ここなら匿ってもらえるだろう」


 窓を開けて再度、下の道路を確認する。

 奴らのトラックは止まったまま。ざっと見たところ、周囲には誰も残ってはいない。

 わざわざ包囲と洒落込んだわりには杜撰な手際である。

 ならば、その隙を突くしかない。


「ジェニファーを連れて窓から飛び降りろ! 三階だが、お前ならなんとかなるだろ」

「え、え? 征志郎は? 一緒じゃないの?」


 不安そうな顔で俺を見つめてくるシズク。

 何度か首を横に振りながら、服の裾を引っ張ってくる。

 これ以上説明している時間はない。


「いいかお前ら! これは報復であり、見せしめである! この建物内にいる全ての者に対し、一切の容赦をするな。動くもの全て、いや、何もかもを破壊しつくせ!」


 階下からマフィアの怒号が叫ばれる。

 だがそんな事をさせるわけにはいかない。

 俺の命に代えてでも、何としてでも守らなければならないものがここにはあるのだから。

 どこぞとも知れぬ男たちに無残に破壊される、その光景にカッと頭に血がのぼる。

 だが冷静さを失ってはこの場は切り抜けられない。

 俺は未だ動こうとしないシズクに叫んだ。


「俺はここに残って時間を稼ぐ。いいからお前は早く!」


 はふはふと息を荒くしたジェニファーの首根っこを掴んでシズクへと放り投げる。


「え……あ」

「ちゃんと着地しろよ!」


 そう言ってジェニファーを受け取ったシズクをそのまま抱え上げた後、俺は開いた窓から一人と一匹を外へと放り投げた。


 ――バン! タタタタタタッ!


 それと時を同じくして、事務所の玄関扉を蹴破った先ほどの男たちが銃を乱射しながら侵入してくる。

 即座に事務机の影に逃げ込んだ俺は、素早く引き出しを開錠して銃を取り出した。


 何とか奴らがここに突入してくる前に、シズクを外へと逃がすことが出来た。

 だが本当に外に投げたシズクがちゃんと逃げ切れるのか、ここからではその先を確認する術はない。

 今俺に出来る事は、とにかくこいつらの数を出来るだけここで減らしておくことだ。


「いたぞ! 男の方だ!」


 ――タタタタッ!


 事務所を構えてから数年間、自分と共にあった事務机に銃弾が叩き込まれる。

 今の所、扉の前にいる男達は二人。

 玄関口が狭いせいか、こちらの反撃を警戒しているのか、他の男たちは中に入ってこない。

 だが両方ともフルオートの短機関銃を持っている。

 普通に撃ちあえば、拳銃一丁のこちらが撃ち負けるのは必至である。


(……ならば!)


 机の下に潜ったまま、床に頬をくっつけるぐらいに這いつくばり、銃を構える。

 そして机と床のわずかな隙間から、男たちのつま先に狙いを付けた。


 ――パンッ! パンッ!


「なっ!?」


 ――パパンッ! パンッ! パンッ!


 足元を掬われ大きく体勢を崩した男たちに向け、机から身を乗り出した俺は更に胸に一発ずつ、ついで頭にもそれぞれ鉛玉を撃ち込んだ。


 どさりと崩れ落ちる男二人。みるみるうちに玄関に赤い血だまりが広がる。

 こういう形になる事は避けたかったが、しかしそうも言ってはいられない。


(あとは最低、四人か――!)

 

 そのまま五秒ほど様子を伺うも、残りのマフィアたちは部屋の中には突入してこない。

 どうやらそこに転がっている二人は強襲担当で、残りの四人はこの二人がしくじった時のために廊下で待機しているのだろう。

 そう判断した俺は死体の上を飛び越え、開け放たれたままの扉へと近づく。

 そしてカメラモードに切り替えた端末で扉の先、事務所前廊下を覗き見た。


 ――タタタタタタッ!


「おおっと!」


 眼前を通り過ぎる銃弾の雨に、慌てて端末を引っ込める。

 もし自分の目で確認していたら、最悪脳天を撃ち抜かれていただろう。


(廊下にいるのは二人か……少し距離があるな)


 一瞬だけカメラモードの液晶に映った映像によると、階段の踊り場付近に銃口が二つある。

 だがこちらと同じく、銃を扱う奴らの身体は踊り場部分のコンクリートを遮蔽物にしており、先ほどの様に狙い撃つ事は出来ない。

 足元で絶命している男の短機関銃を乱射する方法もあるが、威嚇以上の効果は期待できないだろう。


(もしここに加治原がいたら、あいつはどんな反応をするんだろうか)


 孤軍奮闘、状況はこちらが圧倒的に不利である。それでもあいつなら――


『ひゃ~、刑事ドラマみたいでなんかかっこいいっす! でも先輩ならなんとかなりますよね! カッコイイところを見せてください!』

 とか

『禊先輩! こんな時こそアレやって下さいよ、アレ。跳弾ってやつっす! 隠れて見えない敵に向けて、ビリヤードの球みたいに壁や遮蔽物を使って銃弾を次々反射させて当てる、あの技っすよ!』


 俺の頭の中の加治原が囁く。

 だがしかし却下だ、加治原。

 あんなもの、少なくとも俺には実戦の真っただ中で狙って出来るはずもない。


「おい! こっちはいい、お前らは二階を探せ! 女の方も見つけ次第殺すんだ!」


 廊下にいる奴らが他の仲間に叫んでいる。その女とは、シズクの事だろう。

 どうやら俺が既にビルから逃がしたことを、奴らに知られてはいないらしい。

 ひとまず安堵する。


(だが二階には――!)


 俺が一番恐れている事――二階の奥の部屋には佳苗が眠っているのだ。

 あの部屋だけは荒らさせるわけにはいかない。断じて彼女を傷付けさせるような事はあってはならない。

 最悪の状況を意識した俺は、瞬時に冷静に立ち戻り、この状況を打破すべく周囲を見渡した。


「これしかねえ、な!」


 ―――ガンッ! ガンッ!


 開いたままの事務所の鉄扉、その蝶番を銃撃で破壊する。

 悠長に手段を選んでいる場合ではない。

 接続部からドアを切り離した俺は、右手でノブを、左手で扉の端を掴み、勢いよく持ち上げた。

 そして一呼吸置き、覚悟を決め――


「おらぁぁあああ!!」


 そのまま鉄扉を盾にして、廊下へと飛び出した。


 ――ガンガンガンガンッ!


 次々と銃弾が鉄扉に撃ち込まれる。

 防弾を想定した作りではないが、この鉄扉はそれなりに厚みと強度がある。

 大口径の銃でも使われない限り、おそらく貫かれることはないだろう。

 だが、もしこの見立てが外れていた場合、俺の身体はそこかしこから赤い液体を噴出する醜いオブジェと化すだろう。

 すぐに嫌な想像を振り払った俺は、断続的に発射される銃弾の雨に向かって猛突進した。


「くっ、おい足だ! 足を狙え!」


 その声に素早く足をかばう姿勢をとる。

 出来るだけ身をかがめ、扉と床の隙間を減らしながら突進し続ける。。


 ――ガンガンガンッ! カチャッ、カチャッ!


「弾切れか!? く、くそっ!」

 

 急に弾幕が途切れる。

 その隙に踊り場へと到達した俺は、盾にした扉の脇からはっきりと二人のマフィアの存在を視認する。

 ここまで来れば、もはや俺の間合いだ。


「これでも食らいやがれえ!」

 

 ――ドガッ!!


 廊下の先にいる男たちへと鉄扉ごと体当たりし、一人を下敷きにする。


「ぐあっ!」


 そして鉄扉から手を離した後、弾を補充していたもう一人の男の腕を掴み、階段方向へと投げ飛ばした。


 ――パパンッ! パンッ! パンッ!


 すかさず腰元の銃を引き抜いた俺は、階段から転がり落ちてひっくり返ったマフィアの男と、鉄扉の下敷きになっている男の眉間を正確に撃ち抜く。

 沈黙を確認した俺は血だまりに転がる短機関銃を拾い上げ、そして死体から予備の弾薬を抜き取った後、素早く弾倉を入れ替えた。


(残りは二人――いや、三人と仮定しておこう)


 正確な戦力を把握できていない現状、人数を少なく見積もるのは危険だ。

 ただの拳銃相手ならまだしも、フルオート相手ではまったく生きた心地がしない。

 床に這いつくばって足を狙ったり、扉を盾に体当たりしたり、随分と泥臭い戦い方になってしまったが、それでもまだ何とか生きている。

 今はそれで良しとしよう。

 形振り構っている余裕はもはや存在しない。

 俺は次なる標的を仕留めるため、奪った短機関銃の状態を素早く確認した。

 武器だけならこれで互角だ。


(やつらがあの部屋に入る前に片づける)


 警戒を新たにして、階段を降り始める。

 先ほどの男の言葉を信じるのなら、残りの敵は二階を探索中のはずだ。

 階下に降りた俺は、二階の廊下を先ほどと同じく端末のカメラをかざして覗き見た。


(一人……いや、二人か)


 画面には、既に一番奥の部屋に到達していた男が扉に手をかける姿が映し出されている。

 そして、その男と背中合わせに銃を構えるもう一人の男の姿。

 警戒はしているが、どうやらこちらが様子を覗っている事にはまだ気付いていないようだ。


「おい、この部屋鍵掛かってんぞ!」

「怪しいな。警戒しつつ撃ち壊せ。中に誰か潜んでいる可能性も高い。用心しろ」


 内心で舌打ちする。

 だが今ならば、手に入れた短機関銃の先制攻撃で一気に制圧できる可能性が高い。

 二階の階段前に位置取った俺は、扉前にいる二人への奇襲のタイミングを測る。

 しかし――


 ――タタタタタッ!


 突如、コンクリート造りの建物内に銃声が響く。

 反射的に飛びのくと、俺が今まで立っていた付近の床と壁に複数の銃痕が刻まれた。

 

「くそッ!」


 ――タタタタタタッ!


 身を深く沈め、銃弾を避ける。

 発砲音のする階下に向けて、こちらも短機関銃の銃弾をばら撒き返す。


(やはり階下にもいたか!)


 廊下に二人と階下に潜む敵の恐らく計三人。


「銃声ッ! お前はこのままその部屋を探せ! 俺は音のした階段の方に向かう」


 二階廊下の先から発せられる男の指示。

 このままでは挟撃される形になるだろう。

 

(一旦三階に戻って、体勢を立て直すか? いや、あの扉の先にいかせるわけには絶対にいかない)


 となれば、まず廊下の二人を先に片づけるしかない。

 一日に二度も命の危険を伴う作戦を取らざるを得ない状況に辟易する。

 階下の見えない敵に意識を配りながら、呼吸を整えて覚悟を決める。

 しかし物陰から飛び出そうとした時――


――ガシャーン!


「なっ…! がっぁあ!」


 突然、ガラスが割れる破砕音と共に、廊下の先から男のうめき声が発される。


「な、なんだ!?」


 想定外の出来事に、俺は短機関銃を構えたまま廊下に飛び出す。

 その視界の先にあったのは、割れた窓ガラスとそこから入ってきたであろう小さな人影。

 そして急な襲撃に対応できぬまま人影に掴まれ、割られた窓から外に投げ飛ばされる男の姿だった。

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