幕間
14.連続バラバラ殺人事件
『辞令 禊 征志郎を、○年○月○日付で、刑事部捜査第一課から第四課への配属とする 』
警察署内。掲示板に張られていた配置転換の辞令を目にした禊 征志郎は、憤りを露わにして拳を壁に叩きつけた。
乱暴に辞令通達書を剥がされる。
息を荒くしたままに署長室へと駆け込んだ男は、椅子にもたれかかっていた署長に噛みついた。
「署長、あなたに詳細な説明を求める! なぜこのタイミングで俺が配置換えになるんだ!?」
「来たか。署長として君の疑問に対し説明する責任があるだろう。掛けたまえ」
着席を促す署長。対する禊は怒りの形相のまま署長机に手をついたまま動かない。
しかし署長は突然やってきた部下の無礼を気にする様子もなく口を開いた。
「……今回の一連の連続バラバラ殺人事件。その被害者の一人である水奈瀬佳苗は君の恋人だと聞いた。恋人を殺された君の心中、察するに余りある。お悔やみを申し上げよう」
「配置換えの理由を聞いている! そんなに俺が現場に居ちゃ迷惑か!」
いきり立つ禊。署長は変わらぬ口調で続けた。
「……警察組織に属する人間ならわかっていることだろう。被害者や被疑者の親族、親類縁者が捜査から外れるのは組織のルールだ。だが君はこちらの再三命令を無視し、独断で捜査を続けていた。それが転属の理由だ」
「二言目にはルール、ルールって……! てめぇ!」
激昂した禊が身を乗り出し、署長の胸倉をつかもうとする。
しかし騒々しい足音と共に駆け込んできた若い男が禊の背後から組み付いた。
「禊先輩! 何やってんですか! やめてください!」
「離せ、加治原! 俺を止めるんじゃねえ!」
「だ、駄目ですって! 署長に掴みかかったってなにも変わりませんよ!気持ちはわかりますけど、捜査は俺たちに任せてください!」
「あぁん!? お前らに任せて碌に進展がねえから独断でやってんだろ!? ふざけるな!!」
「お、お願いです! 禊先輩! 絶対に俺たちが佳苗さんの無念を……っ」
激しい応酬を繰り広げる二人の捜査官。
署長はその様子を見遣りながら、静かに口を開いた。
「……無念、か。禊君。君の恋人は生前、非常に優秀な研究者だったらしいね。気立ても良く、恨みを買うようなタイプでもない。よく出来た女性だったと聞いている」
訥々と漏らされた言葉にぴたりと禊の動きが止まる。
「私はね。亡くなった彼女と同様、非常に優秀な捜査官である君を買っている。生来の身一つで、ここまでの功績を上げた人材はそうはいない」
「…………」
「だからこそ、今ここで君のキャリアに瑕をつけるのは私にとっても無念であるのだ。しばらく休暇を取るがいい。今の君には頭を冷やす時間が必要だろう」
話は終わりだ、と署長が締めくくる。
怒りと失望にギリギリと奥歯を噛みしめた男は身を翻すと、凶暴な足取りで署長室を後にした。
* * *
官公庁が集まる区画。その乱立するビル群のエアポケットとも言える公園の一角に二人の捜査官の姿があった。
「禊先輩のはこれで良かったっすよね」
「ああ」
ベンチに座り込んでいた禊に缶コーヒーを手渡す加治原。
陽光を浴びて輝く噴水。
整備が行き届いた公園には、遅め昼食を摂っているスーツ姿の人間がちらほらと見受けられる。
受け取った無糖コーヒーに口をつけた禊は、隣に腰を下ろした加治原に声をかけた。
「……やはり捜査は打ち切りか?」
「はい……あれだけ任せてくださいって大口叩いたのに何もできなくて……本当にすみません」
予想していた事態とはいえ、今日まで何度も抱いた失望が禊の心底にうず積もる。
禊が転属辞令を受けてから四カ月――バラバラ殺人事件の最後の被害者であり、恋人である水奈瀬佳苗が殺害されてから既に半年以上が経過していた。
一時は世間を賑わした、連続著名人バラバラ殺人事件――
被害者となった者は、大企業のトップや有名プロスポーツ選手、芸能界の大物から著名な学者まで多岐にわたる。
殺害方法は同一ではないがこの連続殺人の大きな特徴として、犯人はいずれも死後、肉体をバラバラにするという凄惨な手口を用いている。
そのため比較的早い段階で同一犯による犯行と目され、捜査本部が立てられた。
しかし一月に約三件のペースの犯行にも関わらず、犯人に繋がる物証は全くと言っていいほど見つからず、その足取りも杳として掴めていない。
報道されていない事件を含めれば、被害者は合計十名以上に及んでいた。
「この捜査資料、持ち出し厳禁なんだろ? いつも悪いな」
「そんなこと気にしないでください。僕に出来ることならなんでもする、って約束したじゃないですか」
受け取った封筒の中身に軽く目を通す禊。しかしこの資料にも犯人に繋がる証拠は載っていない。
すぐに封筒に書類をしまった禊は、深い失望の息を吐き出した。
「あの、先輩……本当に警察を辞職するんですか?」
「ああ。捜査本部の解体が決まった今、もはや留まる必要性を感じない。そもそも捜査方針自体も納得できない点が多かった」
「僕も釈然としてません。それにこれほどの大事件なのに捜査の打ち切りが早すぎる気がします」
ある日を境にぱったりと犯行が止んだとはいえ、約半年で捜査が打ち切られるのは異例である。
とはいえどの事件も手掛かりが極端に少なく、捜査本部では早い段階から手詰まり感が漂っていた。
早すぎるのは事実だが、なるべくしてなった事態だろう。
「先輩、これからどうしましょう……」
心配そうな視線を向ける加治原。禊はここまで力になってくれた後輩の肩に軽く手を乗せた。
「こうなった以上、もうお前がこの件に関わる必要はない。つっても、何か警察の方で掴んだら教えてほしいがな」
「ということは……やっぱり先輩は事件を追い続けるんですね?」
「そうだ。必ず犯人を見つけ出して罪を償わせる。それが今の俺の生きる理由だ」
禊はベンチから立ち上がり何もない中空を睨みつけ、ポケットの中にある豆粒大の硬質な何かを、固く固く握りしめる。
加治原と別れた禊は辞表を胸に抱き、一人見慣れた官庁舎を後にした。
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