11.授業
「や、やつはどこだ!?」
乱暴に開かれた鉄扉から、リーダー格のチンピラを先頭にぞろぞろと男たちが倉庫内に入り込んでくる。
こちらの銃撃を警戒したのだろう。リーダー格の男が鋭く指示を飛ばした。
「いいか、相手は一人だ! 回り込んで追い詰めろ!」
相手に聞こえるように言うあたり素人丸出しだが、人海戦術は妥当である。
すぐに六人のメンバーを二人ずつに分けると、それぞれ別の方角へと移動を開始した。
対する俺は気配を消し去りながら、コンテナを遮蔽物に突っ切って場所を変えていく。
素早く倉庫の裏口付近で潜伏を開始すると、開いていた扉からぬっと二つの人影が現れた。
「そっちはどうだ? 見つけたか?」
「いや、まだだ」
会話を交わす二人の男の声。その手には銃の形が見える。
周囲はかなり暗く、まだこちらの存在に気がついている様子はない。
深く重心を落とした俺は、闇に紛れたまま一気に二人へと急接近した。
「足音ッ!? ど、どこだ! 撃て! 撃てぇ!」
闇雲に発射された銃弾が風を切り、鉄製のコンテナに当たって火花を散らす。
しかし、すぐに手ごたえがないことに気が付いたのだろう。
目標を見失い、きょろきょろと首を回す男たち。
二人が銃撃の手を止めると、辺りには真っ黒なしじまが押し寄せた。
「ど、どこだ……」
「仕留めてねえよな……?」
強い緊張を孕んだ声色で周囲を伺う男たち。
深い静寂。裏口の開いた扉を奥からわずかに月明かりが差し込んでいる。
「……気のせいだったのか?」
やがて静寂に耐えられなくなった男がポツリとそう漏らす。そこで――
「ここだ」
「!? うわぁぁぁぁぁ!」
男たちの前方、対角線上に忽然と姿を現す。
そして二人の間を割るように中央へと突進した俺は、銃を構えた右側の男の腕を掴み、咄嗟に背後へと回った。
――パンッ!
「ぐぁ……っ!」
掴み上げた男の銃口が火を吹き、もう一人の男がドサリと地面に倒れ伏す。
横向きに倒れこんだ男の脇腹からドクドクと黒い液体が漏れ出していた。
「ひっ……!」
「お前もこれだけは覚えて帰れ。仲間が射線上にいる時は撃つな。もう片方は撃たなかったから、今無傷のお前がいる」
硝煙を上げる拳銃を背後から手刀で叩き落し、羽交い絞めをかける。そのまま右肩の関節を外した。
「ぎぃああああ! いってぇぇぇ!」
「勉強料だ。あとでそいつに詫びを入れて……ッ!」
右後方から響いたコンクリートの摩擦音。瞬時に組み敷いていた男から飛びのき、腰から拳銃を抜き出す。
「ぐっ……!」
しかし撃鉄が落ちるよりも早く、手首に生じた鋭い痛みに銃を取り落とす。
弾き飛ばされた銃は回転しながらコンクリ―トを滑ると、コンテナの下で止まった。
「雑魚相手にご高説とは余裕だな。俺にもレッスンしてくんねえか。あー、警察官殿かな?」
振り向いた先には鈍く光る鉄パイプを握る、筋骨隆々とした巨漢の姿。
暗視ゴーグルを装着した口元には太い笑みが浮かんでいる。
チンピラ集団の中でも一際目立っていた巨体。その身体にはかなり高深度の肉接ぎが施されていた。
「準備がいいじゃねえか。それにその身体……さしずめ軍隊あがりの用心棒ってとこか?」
「さすが警察官殿。一目で見抜くなんてやるじゃねえか」
「元・警察官だがな。てめえみたいな腐れ肉接ぎ軍人なんて久しぶりに見るぜ」
間近で見たことで、はっきりとこの男が戦闘を職業とする軍人のものだとわかる。
筋肉のみならず、骨格そのものに手を加えたLv3。
俺はそこで奇襲の優先順位を誤ったことを理解した。
「なら兄ちゃんよぉ。オレを存分に見てアドバイスでもくれや!」
巨体に似合わない俊敏さで踏み込んでくる男。
力任せに頭をめがけて振り下ろされた鉄パイプを、わずかな体捌きだけで躱す。
目標を失った鉄パイプがそのまま打ち下ろされると、轟音と共に硬質なコンクリートが破砕した。
「狭い場所じゃ拳銃よりも、ワンアクションで戦える近接武器の方が有利。わかってて選んでいるお前に教えることなんか何もねえよ!」
「がっはっは! おまえ、すげえ避け方すんなぁ! 普通の奴ならビビッて飛び退いてるぜ そら、どんどんいくぜぇ!」
両手持ちでめちゃくちゃに振り回され始めた鉄パイプが、耳障りな折衝音とともに周囲のコンテナに亀裂を走らせ、次々と倒壊させていく。
重い鉄製のコンテナを吹き飛ばすほどの剛撃。
その常識外れの威力は、筋肉どころか骨格そのものを入れ替えたことで為し得る、限界まで強化された肉体性能によるものであった。
「大した肉接ぎだ。予想以上の腕力じゃねえか」
俺の賛辞に、ひしゃげた鉄パイプを手ににんまりと笑う巨漢。
対する俺も不敵に笑いながら、腰に差していた伸縮式の特殊警棒を伸ばした。
「なんだぁ? まさか、そいつで俺の打撃を受けようってか? ちっ、舐めやがって!」
馬鹿にされたと思ったのだろう。さっと顔色を変えた巨漢が曲がった鉄パイプを凶暴な風切り音とともに振り回してくる。
確かにあれをまともに受けたら、警棒などたやすく破壊されてしまうだろう。
だが鉄パイプをいなし、軌道をそらす程度ならこの警棒の強度でも十分に可能である。
「つぅ……! やっぱ重てぇ!」
それでも暴風の如く振り回される鉄パイプに僅かに接触するだけでも、腕に鈍い痛みが走る。
そして、リーチの差からこちらは防戦一方に成らざるを得ない。さらに悪いことに――
「こっちだ! 用心棒の旦那も一緒だ!」
戦闘音を聞きつけたのだろう、リーダー格を含めた残りのチンピラ三人がやってきてしまった。
「オレらも加勢するぜ!」
意気揚々に銃を向ける男たち。
しかし自分の肉体より二回りも三回りも小さいチンピラたちを威圧するように、巨漢が吼えた。
「撃つな! 俺に当たんだろ! こいつは俺が仕留める!」
その宣言を聞いたチンピラたちが揃って銃をおろす。
防戦一方――壁際ぎりぎりまで追い詰められた俺は、動かないチンピラとちらりと横目に映ったものを見て、勝機がやってきたことを確信した。
「へへ……もう逃げられねえぞ!」
舌なめずりした巨漢がとどめとばかりに、鉄パイプを大振りで振り下ろしてくる。
その攻撃を間一髪で避けた俺は、すかさず壁際に設置されている鉄棚の上の金属製の箱を、巨漢に向けて警棒で弾き飛ばした。
「!? んッ!?」
飛んできた箱を巨漢が反射的に鉄パイプを跳ね除ける。
しかし――その剛力にゆえに真っ二つに割れる金属製の箱。
その中から暗闇でもはっきりとわかる、大量の青色のペンキが巨漢の頭上に降り注いだ。
「ふがああぁぁ!? ゔぁえが! ゔぁえが見えねぇぇぇ!?」
真っ青に染まった暗視ゴーグル。塗料を飲み込んだ巨漢が濁った叫びを周囲にまき散らす。
俺は巨漢が動きを止めたその隙に、大きく警棒を振りかぶり、全体重をかけて首筋に警棒を叩き下ろした。
「おらああぁぁぁ!」
ゴッと岩を叩いたかのような鈍い音。丸太を思わせる太い首に警棒の一撃が炸裂する。
僅かに前方に傾きかける巨体。
しかし、むんずと警棒を掴んだ巨漢は傾いた身体を起こすと、口から青い唾を吐き捨てた。
「ぺっ!」
警棒を引き抜こうとするも全く動かない。
ペンキ塗れで不敵な笑みを浮かべる巨漢。ははっと乾いた笑いを漏らす俺。
巨漢が空いた片腕でゴーグルを外そうとしている。
「この程度の打撃が俺に通用するか……ぁああっがががががぁがぁっ!!」
手元のスイッチを入れると、警棒からバチバチと盛大な音を立てて火花が飛び散る。
さらに目盛りを限界まで引き上げた俺は、ふぅと軽く息を吐いた。
「これも一つ勉強だ。スタン警棒は握るな」
そう言ってからついでに首筋にも電流を流しておく。
ペンキ溜まりの上で、打ち上げられた魚のようにビクンビクンと跳ねる巨体。
完全に気を失ったのを確認してから、俺は棒立ちのままのチンピラ三人組に目を向けた。
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